京急川崎大師駅
川崎大師に参拝し、門前のお店でだるまを買ったことを昨日記した。
川崎大師には小さい頃、母に連れられてたびたび参拝している。
生まれ育った蒲田から近かったこともあるだろう。
母は晩年、兄の離婚・退職に強く絶望しキリスト教の洗礼を受けてクリスチャンになった。
結果的に母は神社・お寺から離れた。
お祭りの夜店で買った亀の飼育が面倒になり、川崎大師の池に離したこともある。
もし亀が万年生きるとしたら、あの時逃がした亀はまだ生息していることになる。
たとえ亀は死んだとしても、私の思い出はこうしてまだ生きている。