2025年10月8日水曜日

稲村ジェーンの思い出   2025.10.8-②

 

Photo ACより(みけ777さん作 海と木)




父母は生前、館山市(千葉県)にセカンドハウスを持っていた。
父はそこへ頻繁に出かけて好きな畑仕事を楽しんでいた。
父の死後、使う人がいなくなったのを機に売却して今は持っていない。


1994年に母が亡くなり、3年後、追いかけるように父も亡くなった。
父が亡くなるまでの3年間で、私は父を伴って館山に泊まりに行ったことが数回ある。
母の死後、父はあまり館山に行かなくなった。


食事を作ってくれる母がいなくなり、共に会話をする楽しみも失われたことが原因であることは明らかだった。
そんな父が再び館山に行く機会を提供しようと思ったのだ。
父は運転しない人だったので、私がクルマで館山行きを提案すると喜んでついてきた。


館山に滞在中、カフェでお茶を飲んでいた時のこと。
母の思い出話になった。
父は言った。
「人間というのは死んでしまえばはかないものだなあ。こうやってお茶を楽しむこともできなくなる。」


父はどちらかというと寡黙な性格なので、こんなことを言うのは珍しいことだった。
私は意外に感じたことを覚えている。


館山に滞在中、カーステレオでアルバム「稲村ジェーン」をよくかけた。
だから、稲村ジェーンを聞くと父と館山で共にした短い時間がよみがえる。