雨の北海道大学(2012年8月撮影)
昨日のこと。
午後から入道雲混じりの晴れた空になった。
8月に入って初めての夏らしい空かもしれない。
8月に入って初めての夏らしい空かもしれない。
日光を浴びたくなり4時頃ウォーキングに出発した。
お日様は出ているが、遠くでゴロゴロと雷鳴がする。
まだ音は小さい。
まだ音は小さい。
それでも、自宅に戻る頃には上空に黒い雲が漂い始めていた。
帰宅してシャワーを浴び、夕食の準備をする。
そのうちに雨が降り出した。
空がピカッと光り、雷音が轟(とどろ)く。
やはり、夜まで待たずに歩いておいて本当に良かった。
天候が不安定な時は歩けるときに歩いておくべきなのだ。
さて、国語の話。
この科目はどう勉強したらよいか、未だにわからない。
本や新聞を読めというが、即効性は期待できない。
努力がストレートに実るのは漢字の書き取りくらいである。
毎日、短時間でいいからやっておくと得点が見込める。
大きなウェイトはないが確実に点が稼げる。
中1の時、教頭先生(福島先生)が国語担任を兼ねていた。
のんびりムードの授業だった。
2年生では足が少し不自由な丸山先生が国語を担当した。
生徒たちは”ガンザン”と音読みで呼んでいた。
怒りやすく情緒が不安定、えこひいきも目立ち、悪評がたっていた。
3年になるとエース・河村先生がシャープな授業を行ってくださった。
文章を数行、丸ごと暗記する宿題がよく出た。
この暗記は文章力を付けるのに役に立ったと思う。
高校では三浦先生、斎藤先生が記憶に残っている。
とくに三浦先生の現国の授業は面白かった。
古文は平塚先生。
起き抜けに枕に顎を乗せ、しばらくそのままの姿勢で寝ていると身体に良いと教えられ、今なお毎朝実行している。
漢文は二松学舎大学からアルバイトで柳澤先生が来ていた。
いや、書道の先生だったような気もする。
考えるに、小学校の国語は極めて重要だ。
日本語の読み書きは基本中の基本。
日本人として生きていくうえで必須のリテラシーだ。
現在の日本の繁栄は小学校の国語教育がもたらしたものである。
漢文は二松学舎大学からアルバイトで柳澤先生が来ていた。
いや、書道の先生だったような気もする。
考えるに、小学校の国語は極めて重要だ。
日本語の読み書きは基本中の基本。
日本人として生きていくうえで必須のリテラシーだ。
現在の日本の繁栄は小学校の国語教育がもたらしたものである。