2018年2月27日火曜日

日本の歌 2018.2.27

札幌会 珈琲の部(2月25日)




Gospel は6月のコンサートに向けて新しい歌の挑戦を始めた。
これから皆で歌い込んで品質を高めていくことになる。
今から楽しみだ。


いっぽう、混声合唱のほうは純な日本の歌を歌っている。
赤とんぼ、春の小川 などなど、いずれの歌も実に味わい深い。
歌が生活の一部に組み込まれて久しい。



2018年2月26日月曜日

ニコライ堂  2018.2.26

ニコライ堂(2月25日)




昨日、札幌会を御茶ノ水の中華店(華味一番)で開催。


年末年始の入院を経て、神立会長が復帰したことを3人で喜び合った。
「感動をありがとう、元気をもらいました」とは誰も言わなかったが。
5月の旅行について、あれこれディスカスして決定にこぎつけた。
これで先の楽しみができた。


写真はニコライ堂。
中華店を出て、コーヒー店を探していたときに偶然行き着いた。
初めて実物を見たが、さすがに風格を感じさせられた。
一見の価値ありである。

2018年2月25日日曜日

春寒  2018.2.25

生田緑地 梅園




昨日とは一転、今日は寒い一日の予報だ。
春はけっこう寒い印象がある。
真冬のスキのない防寒着から薄着になりつつある時に、逆戻りした寒さに向き合わざるを得ないことがあり、そう感じるのだろう。


東京では東京マラソンが行われる。
運営、警備面でいろいろシミュレーションが行われ、2020年のオリンピックへの準備にもなる。
平昌オリンピックも今日で終わる。
いよいよ東京オリンピックだ。




2018年2月24日土曜日

早春  2018.2.24

梅の開花(生田緑地)



来週後半には3月を迎える。
光陰矢の如し。


厳しい寒さが続いた冬もそろそろ緩んできたことを感じる。
昨夜のウォーキングでは帽子なしでも大丈夫であった。
職場ではずっと薄いセーターを着用していたが、来週からは必要ないだろう。
私の足を冷えから守ってくれたヒートテック超極暖タイツも、超ではなくただの極暖にレベルダウンする時期だ。
少しづつ春に向けて変化させていくつもりだ。


今朝は梅の開花を確認するため生田緑地を訪れた。
7~8分咲き程度だろうか。
満開というにはまだ少しばかり早かったが、ピンクや白の花が春の到来を告げていた。



2018年2月22日木曜日

天使の歌声  2018.2.22

小金井 宮地楽器ホール



2月22日。
私の好きなゾロ目である。
次のゾロ目は11月11日まで待たねばならない。


國學院久我山中学高等学校 女声合唱部のコンサートを聴く機会に恵まれた。
中高の女生徒だけによる合唱部だ。
初めて聴く彼女たちの歌声はまさに天使の声。
素晴らしいと表現するしか、言葉が見つからない。


アンコールの「糸」(中島みゆき)が、心のかよわいところに沁みた。
この歌の素晴らしさを今夜改めて意識し、 Apple Store からダウンロードした次第だ。


糸(歌い手:平原綾香) ← クリック!

2018年2月20日火曜日

寒さが緩む  2018.2.20

生田緑地(2月12日)




今夜のウォーキングで寒さが緩んだことを実感した。
地球の自転とはなんと素晴らしいのだろう。


写真は1週間前の生田緑地(川崎市多摩区)である。
梅はまだ少ししか咲いていなかった。
今週末ならかなり違っていることだろう。
一斉に咲き誇る梅花を観たいと思う。
若い頃はこんなことを考えもしなかった。

2018年2月19日月曜日

小平奈緒選手  2018.2.19

横浜みなとみらいホール




ヨコハマ・コーラスフェストに出かけている間に、小平奈緒選手が金メダルを獲った。
あいにくテレビ中継を観ることはできなかったのは残念だったが、知らせを聞いて安心した。


オリンピックでは実力だけでなく運にも恵まれないと世界のトップには立てない。
実力はあるが運に恵まれなかった選手たちを過去にたくさん見てきた。
リベンジしようにも4年先という、気の遠くなるような年月を数えなければならない。
勝負とは過酷だ。


気になるのは彼女の去就だ。
目標を達成した今、金メダルを花道として引退するかもしれない。
彼女にこの先、さらなる目標があるのかどうかは知らない。
いかなる選択をするのか。
注目している。

2018年2月18日日曜日

ホームドア  2018.2.18

東急田園都市線・溝の口駅ホーム




社会は少しづつ、時には急激に変化する。


ここ数年、駅ホームドアの普及は著しい。
視覚障がい者の転落事故、飛び込み自殺者の増加などが背景にある。
それほど遠くない将来、都会の駅にはホームドアが当たり前になるのだろう。


駅のバリアフリーも進んだ。
高架駅にはエレベーターが設置されている。
社会はどんどん変化(進化)する。

2018年2月17日土曜日

陳腐な常套句  2018.2.17-②

生田緑地




夕方の報道番組 news every (日テレ)を先日、久しぶりに観る機会があった。
といっても番組の終わりのほうだ。
バス、電車の接続がよく、いつもより少し早く帰宅できた日のことである。


番組では、何やら女子アナがどこかの食レポをやっている様子だった。
すると案の定、出る、出る。
陳腐な常套句の連続だ。
定番の「もちもちしてます」が出たと思ったら、お次は「とってもクリーミーです」。


蕎麦にクリーミーはないだろう。
擦った山芋でも蕎麦の上にかけているのだろうか。
着替えながらのチラ見だったので内容はよくわからなかったが、勉強の足りない女子アナを久しぶりに観てしまった。
どんなに器量が良くともこれではいただけない。
馬鹿丸出しである。


そう言いながら、またこんなレポートをやってほしいと思っている自分もいる。
私の攻撃欲を刺激してほしいのだ。
困った性格である。

春一番  2018.2.17

生田緑地



土曜日を迎えた。


今朝は休日なのだが、ゆっくり寝ているわけにはいかなかった。
朝8時半に床屋さんの予約を入れているからだ。
なぜ、こんなに早い時間に予約を入れたか。
午前中の早い時間からスーパー銭湯に出掛けてくつろぎたかったからだ。
午後になると混雑する。


サウナや風呂に入って全身を温めたかった。
寒さで収縮した血管を拡げたいと思ったのだ。
いつまでも寒い日が続く。
知らずに肩が凝る。
飲んだことのないアリナミンを買ってみようかと本気で思っている。
目の疲れ、肩こりに有効だとCMで言っている。


スーパー銭湯で昼食を食べ、寝ころびスペースで横になる。
いつしか寝込んでしまった。
土曜の午後は時間と共に混んでくる。
もう一度、浴場に行く気が起きず帰宅することにした。
外へ出ると強い風が吹いていた。
春一番だ。
冬は大好きなのだが、今年ばかりは早く寒さが緩んでくれないかと願っている。




2018年2月15日木曜日

黒岩彰選手の言葉  2018.2.15

カフェテリアTAROにて(生田緑地)



小平奈緒選手も銀メダルを獲った。
1組前を滑った高木美帆選手が銅だったのも順番としては良かった。
1000mでの期待度は小平が上だったので、もしも逆だったら納得できなかったのではないだろうか。


期待されて臨む本番は観るほうもドキドキする。
私はスケート競技を観る時、いつも男子スピードスケートの黒岩彰選手のことを思い出す。
彼はサラエボオリンピック(1984年)で500mの優勝候補だったが、緊張が災いして10位に終わった。
国民の落胆は大きかった。
イメージトレーニングの必要性が言われ出したのは黒岩選手の失敗も契機ではなかったか。


その後、カルガリーオリンピック(1988年)に銅メダルで雪辱を果たす。
レース後に彼は語った。
「このレースをめざして厳しい練習に励んできた。だから滑る前は、もう結果は問題ではないという心境になりました」
私はこの言葉に強い感銘を受けた。
なんと素晴らしい境地なのだろうか。
30年経過した今でも忘れることはできない。

2018年2月13日火曜日

高木美帆と高梨沙羅( & 原大智)    2018.2.13

蒲田陸橋から蒲田駅を望む(2月11日)



なかなか日本への吉報が来ない、欲求不満の溜まる平昌オリンピックだったが、待望のメダル獲得者が出た。
しかも3人も。


男子モーグルの原選手に注目していた人は、モーグル関係者以外ではほとんどいなかったはずだ。
メダルを獲るまで知らなかった。
いっぽう、高木美帆と高梨沙羅はさんざんマスコミが取り上げていたから日本の期待を背負う存在だ。
テレビ中継では高木の滑りと高梨のジャンプがほとんど同じ時間に行われたため、テレビ東京と NHK を忙しくチャンネル替えした人は多かっただろう。


高木の銀は立派というほかない。
滑り終わって2位が確定したとわかった時の彼女のガッツポーズを見て、私は安心した。
金を取れなかった悔しさよりもメダルに手が届いた喜びを全身で表現していたからだ。


高梨沙羅もおそらく悔いのない会心のジャンプができたので、納得の銅メダルであろう。
インタビューで流した涙は、長いプレッシャーから解放された安堵も作用しているに違いない。


高木も高梨も期待を集めながら結果を出したこと、挫折(高木)とスランプ(高梨)というストーリーがあることで共通している。
その点において原選手と比較すると、人びとに与える感動のレベルが違っている。
とにもかくにも良かった。
あとは小平奈緒にも良い結果が出るように祈っている。










2018年2月12日月曜日

梅の花  2018.2.12-②

生田緑地 梅園(2月12日)




青空が広がっているので、梅の花の咲き具合を確かめに生田緑地へ出かけた。


緑地のなかの小高い山に登ると梅園がある。
そこには梅の木が10数本植えられている。
満開になるとあでやかで見ごたえがある。
一斉に咲いている姿を期待していたが、あいにく今日時点で花を付けている木は2~3本に過ぎなかった。
去年と比べて遅い。
やはり寒い日が続いたせいであろう。


梅、桜、つつじの順番に咲いていく。
四季のある日本は花を愛でる楽しみもあるのだ。



綾瀬はるか  2018.2.12

港北シネマ109(2月11日)




昨日、外出ついでに港北シネマへ立ち寄った。
1年ぶりに映画でも観たくなったのだ。
これといったお目当ての作品があったわけではない。
気分転換が目的である。


映画館に到着した時刻は18時半を過ぎていた。
映画の開始時刻が近い作品からインスピレーションで「今夜、ロマンス劇場で」(←クリック!)を選んだ。
綾瀬はるか、坂口健太郎、本田翼、石橋杏奈、柄本明、加藤剛らが演者である。


ストーリーは現実離れした、架空のラブストーリーである。
とびきりの純愛物語だ。
映画だからこれでいい。
ストーリーと音楽の力で泣けた。
近い席に若い女性二人組が座っていたので、私のむせび泣きが聞こえないようにかなり我慢したが、はたして聞こえちゃったのかどうか。


綾瀬はるかのケタ違いの美しさには感嘆した。
これが女優というものなのだろう。
この世のものとは思えない。
坂口健太郎は役柄にぴったりはまっている。
柄本明、この渋さは彼にしか出せない。
本田翼は社長令嬢・塔子の切ない片想いを実に上手に演じている。
石橋杏奈、どこかで観たことがあると思ったら、「ライフ!~人生に捧げるコント~」に出ていた女優だった。


家に帰ってきてから2月10日に封切されたばかりの映画であることを知った。
それにしては映画館は気の毒なくらいガラガラだった。
これではどう考えても利益は出ない。
映画が斜陽と言われて久しいが、末期、それもかなりの末期であることを感じた。
そう遠くない将来、映画館が極端に少なくなり簡単には観ることができなくなる予感がしたことを付け加えておく。

2018年2月11日日曜日

オランダの高い壁(高木選手の敗北)  2018.2.11-②  

日比谷公園



多くの人が平昌オリンピックの日本人選手活躍を期待してNHKを観ていることだろう。


金メダルの可能性もあると報道されていた高木美帆選手だが、結果5位と聞いた瞬間、「またか・・・」と思った。
「まさか・・・」ではなく「またか・・・」である。
オランダ勢が表彰台を独占したとのこと。
レベルの差を感じさせられた。
オランダは本当に強い。
日本のマスコミは強いオランダ選手たちを事前にメディアで情報提供しなかった。
小平、高木のことばかりである。


”スマイルジャパン”といえば女子アイスホッケー。
いい勝負をしたがスウェーデンに負けた。
何人かビジュアルが良い選手がいるので軽佻浮薄なマスコミが煽(あお)る。
このまま仮に負け続ければ、何ごともなかったかのように報道することもなくなるだろう。
スポーツは勝たないとダメなのだ。


さんざんはやし立てた”なでしこジャパン”。
今や見る影もない。
マスコミとはそういうものだ。

人生  2018.2.11

沼津市戸田 美浜 海岸





人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。


徳川家康の残した有名な言葉である。
確かにそうかな、と思わせるものはある。
誰でも背負うものが重いと感じた経験はあるからだ。


今はまだ人生を語らず。


これは吉田拓郎のアルバムおよび曲名。
繊細な彼らしい、若さゆえの照れと粋がった精神の表われである。
私はこのアルバムが彼の最高傑作だと思っている。
随所に才能のきらめきを感じさせるものがちりばめられている。


人生とは一度きりの、後戻りのできない旅である。


これは最近、私に降りてきた言葉である。
若い頃の生き方、進む道の選択でその後の人生が規定される。
そして気が付いたときには後戻りができない。
あの時、こうしていれば・・・
誰でもそう考えた経験はあると思う。

2018年2月10日土曜日

寒さと経済  2018.2.10-②

武蔵小杉




今年の冬は50数年ぶりという寒い冬になった。
毎年1月が寒さの底だが今年は2月に入っても寒さが緩まない。
「寒いですね」が挨拶言葉になった感がある。


今朝、行きつけの歯医者に出かけた。
待合室に見慣れない電気ストーブが設置されていた。
受付の女性に尋ねると「寒いので置きました」という。
今までにない寒さのせいで電気ストーブが売れたのだ。


私もユニクロのヒートテック超極暖タイツを年末に1枚追加購入している。
コートやマフラー、手袋をグレードアップした人も少なからず存在するのではないだろうか。


つまり寒ければ寒いほど潤う業界があるのだ。
暑さも同じこと。
日本の経済は寒暖の程度にかなり左右されるように思う。
そのことを証明する詳しいデータがあれば面白い。

三連休初日に想う  2018.2.10

武蔵小杉



一週間の勤務を終え、三連休初日を迎えた。


歯医者の予約と混声合唱練習、友人母のお焼香訪問のほかには予定をいれていない。
気の向くままに好きなことができる。
仕事をしなかった二年間と今とを較べると、自由になる時間は圧倒的に少なくなった。
それだけに週末を迎えた歓びは大きい。


いっぽう、仕事をすることで多くの人との関りを持つようになり、感謝したり感謝されたりという別の充実感も味わっている。
所属する組織もかつては株式会社、今は学校法人でその差異に新鮮な感覚を覚えることも多い。


今の働き方は自分の持てる能力を職場で活かすことが最優先。
このことを自己実現というのか、社会貢献というのかは人それぞれであろう。
お金は二の次、三の次である。
今までのあらゆる経験が「引出し」になっていて、それが私の小さな財産である。
新たな再就職先での活動に活かされている。


総じて言えば、再び、働く喜びに包まれた日々ということになる。
あと2年少々は続けていきたいと思っている。


2018年2月8日木曜日

オリンピックと母国愛  2018.2.8

武蔵小杉




明日は平昌オリンピックの開会式である。
昨年、冬季オリンピックと聞いてもピンと来なかったが、さすがにここへきて本番近しと気分が高まってきた。
今夜は開会式を待たずに男子スキージャンプ予選が始まった。


レジェンド・葛西選手が良い記録(98m)を出して予選を通過した。
オリンピックを迎えると自分が日本人であることを意識する。
テレビに映る葛西選手始め、日本代表選手を自然と応援しているのだ。
母国愛は本能である


高梨選手、伊藤選手、小平選手、高木選手をはじめとする日本人選手に喜ばしい結果がもたらされることを期待している。

2018年2月6日火曜日

省線  2018.2.6

渋谷駅前スクランブル交差点



福井に昭和56年以来の大雪が降ったと報道されている。


私が学校を卒業して社会人になったのが昭和53年だから、昭和56年に25歳だったということになる。
ということは 62-25=37 年ぶりである。
温暖化どころか寒冷化に向かっていると考えたほうが自然だ。
さかんにそう書くからといって私が寒冷化を望んでいるわけではない。


さて今夜、最寄り駅で幼い子供を連れている母親の姿を見た。
突然、自分の幼い頃の1シーンを思い出すことになった。
それは母に連れられて、ひどく混雑した京浜東北線に乗っているシーンである。
私は自由がきかないことに強いストレスを覚え、ぐずった。
母がその時どう対応したか鮮明な記憶はないのだが、「大丈夫よ」とか「あと少しの辛抱よ」と励まし半分、諭(さと)し半分だったのではないか。


この歳になっても混雑した車内のことを覚えているのだから、よほど辛かったのだろうと思う。
ちなみに当時、京浜東北線のことを両親は”省線”と呼んでいた。
なぜ省線というか。
答えはこちら(←クリック!)をご参照あれ。

2018年2月5日月曜日

なお続く極寒  2018.2.5

渋谷駅



平昌オリンピック開幕まであと4日、東証株が600円近く下落した、自衛隊ヘリが民家に墜落した、などが今日のニュースだ。


それにしてもこの寒さはどうだ。
今夜のウォーキングでは口元が寒かった。
空気が冷えているのだ。
しかし、平昌の寒さはこんなものではないだろう。
昨夜、Gパンを水で濡らしてちょっとの間、外でさらしていると凍り付く様を報道していた。


昨夜の平昌はマイナス14℃だという。
私も札幌に住んでいた頃、一度だけマイナス13℃を体験したことがある。
息を吸うたびに鼻毛が動く感覚があった。
なぜ動くのか。
未だに答えを見いだせないでいる。
平昌で取材しているマスコミの人々も、今ごろきっと鼻毛が動く感覚に戸惑いを覚えているに違いない。


人類や他の動物にとって寒さは敵だ。
生存を脅かす。
地球温暖化ではなく氷河期に向かっているとの分析もある。
本当は温暖化してくれたほうが動植物にとっては都合が良いのだ。
北極、南極の氷が溶けると海面が上昇するって?
アルキメデスの原理をもう一度、勉強し直した方がよい。
上昇する訳がないことは理科系の人ならすぐわかることだ。

2018年2月4日日曜日

現場重視について  2018.2.4

二子玉川駅(2月2日 朝)



雨や雪こそ降っていないが、空が雲に覆われて寒々しい朝を迎えた。
スカッと晴れた青空なら写真を撮りに出かける気にもなるが、この空では家にこもっていようということになる。


さて、昨日の話しの続き。
「現場重視」について書いてみたい。


商店、チェーンストア、大企業を問わず売上はお客様からもたらされる。
だから、「お客様第一」は当たり前のこと、自明の理である。
そのことは皆わかっている。


ところが規模が大きくなって事務部門ができると、事務部門が事務部門の都合を優先してくる。
ひどいケースになると、事務部門があってこそ営業があるとばかりに威張りだす。
「お客様第一」はどこかへ行ってしまい、「自分たちの仕事第一」になるのだ。


イトーヨーカ堂の伊藤雅俊氏(現名誉会長)が店回りをしたときのことが著書に書いてある。
客が品定めをしているそばで、店員が棚卸に没頭している。
伊藤氏は棚卸を優先してはダメで接客を優先すべきだと考え店長に注意したそうだ。
また、たしか「エクセレント・カンパニー」に書いてあったと思うが、お客様がいる時に金勘定をすることは順番が違う、お客様がひけた後にやれとの指摘に「そうだよな」と思ったことがある。


「お客様第一」「現場重視」とはもっとも大切な存在、部門はどこであるかを表わした言葉だ。
時代、場所を超えた永遠の真理なのである。
この言葉がちょくちょくスローガンに使われるということは、ややもすると実現が難しいからに他ならない。
心して仕事に向かわなければならないと常に思う。

2018年2月3日土曜日

事務系と営業系  2018.2.3

雪の舞う駅ホーム(東急二子玉川駅 2月2日 朝)




昨夜の「全力!脱力タイムズ」(フジテレビ)では大いに爆笑した。
ご覧になっていない人は TVer で観てみることをお勧めする。
笑いのツボは人それぞれだが、私にはドンピシャではまる。


話題を変えて、管理事務系と営業系の違いについて書いてみたい。
この話は深いものがある。


管理事務系とは総務部とか経理部とかを大雑把に括(くく)った言い方だ。
組織を運営していくために決めごとにしたがってものごとを処理していく。
例外は極力認めないで「ルール遵守」を基本ポリシーとしている、と言って差し支えはないだろう。


一方、営業系はユーザーニーズに応えて自社製品・サービスを受注することが仕事だ。
ルールはルールとして従う姿勢を求められることは組織人として当然のことである。
しかし、ユーザーニーズに対応するために社内ルールが障害になることも多くある。


私は38年間勤めた企業では最初から最後まで営業だった。
ユーザーニーズに応えようとすると社内ルールの壁にぶち当たる、そんなことは日常茶飯であった。
普段は極力、ルール遵守の側に回り正しい処理を納期前に行って管理事務系の信用を築くよう努めてもいた。
いざという時、運用を融通してもらうために必要なプロセスなのである。


再就職した現在の職場は管理事務系だ。
従来とは反対の考え方をするサイドで仕事をしている。
日々、いろいろなことを体験するなかで考えさせられるシーンが多い。
私のなかでぶれることのない基本ポリシーがある。
ひとことで言えば「現場重視」だ。
「ルール順守」と「現場重視」、このバランスを取ることに日々取り組んでいる、と言ってよい
しんどい時もあるけど面白い。
やり甲斐のあるテーマだ。


2018年2月2日金曜日

降雪  2018.2.2

渋谷(うっすらと雪に包まれた建設中のビル:2月2日 朝)




今年2回目の雪が降ったが、前回のような勢いはなかった。
交通機関にもさしたる影響は出なかった。


気象庁は批判を恐れてオーバーに予想を語る傾向がある。
大きな被害があった場合、「なぜ警告を発しなかったのか」と責められるからである。
今回はその典型的なケースとなった。


私はいつもより早くバス停に行き職場へ向かった。
早朝のバスには多くの通勤客が乗っていた。
おそらく平常時よりもかなり多めの乗客だったと思う。
皆、遅れや混雑を嫌っているのだ。


今年は例年よりも寒いから3回目があるかもしれない。

2018年2月1日木曜日

ワンロン   2018.2.1

グラウンド(横浜市青葉区)




月が替わり2月がスタートした。
2月は日数が少なく、あっという間に終わってしまうと思う。


昨夜、2時間ほど残業をした。
帰りのバスに乗る前に、職場近所のラーメン屋へ入ってみた。
帰宅してから遅い食事をするよりは、早い時間のうちに食べてしまった方が胃袋にマシだと思ったからだ。


店に入ってオーダーしたのはラーメンと餃子だ。
私はこの組み合わせが大好きだ。
蒲田で生活していた頃、近所にワンロンという中華店があった。
しょっちゅう出前を頼んだものだ。


結婚して池上に住んでいた時も、蒲田の実家に行ってワンロンをよく食べた。
定番はラーメンと餃子だ。
炒飯も旨かった。
タンメンには山のような野菜が盛られていた。


昨年、六郷にワンロンを訪ねて行ったら店がなくなっていた。
廃業したのか移転したのかは不明だ。
思い出の店がなくなって寂しさが募る。
どこかでワンロンは営業しているのだろうか。