2016年7月23日土曜日

定常化社会を迎えた日本  2016.7.23

谷本川と遊歩道





普段、めったに使わないノートパソコンへ Windows10をインストールしようとしているがうまくいかない。


別段、Windows10が必要なのではない。
けれども29日までなら無料でアップグレードでき、以降は有料になることがわかっているのでそれが動機である。
またあとで挑戦してみようと思うが、最終的にアップグレードができなかったとしても縁がなかったとあきらめる気になっている。



さて、「定常型社会」という言葉を聞いたことがあるだろうか。
成長が限界を迎え、GDP成長が期待できない段階をいう言葉である。
今の日本はそんな定常型社会を迎えているように思う。



政府は2020年頃にGDP600兆円を目指して、経済政策(新3本の矢)に取り組んでいる。
私はこのことが無駄だとは思わない。
なぜなら600兆円をめざして政策をまわさないと現状維持、つまり定常化もままならないと思うからである。


日本の人口が徐々に減っていくことは確実であり、GDPはそれにつれて落ちていく。
家庭のなかに家電製品は揃っており、ウォシュレットまである。
新たに欲しいと思う品物はなく、壊れたら買い替えるくらいの需要しか残っていない。
ポケモン Go がいくらブームになってもたかがしれている。


定常化社会だからこそ日銀の異次元金融緩和はやめたほうがよい。
国が国債をたくさん発行して日銀が買いまくる、さらにはマイナス金利なる奇策まで繰り出して景気を無理に上向かせようとしても無駄だし不健全だ。
もう切り替えなければならない時期だと思うのである。