2007年7月29日日曜日

大人のマナー   2007.7.29

参議院議員選挙の投票日を迎えた。
この投稿を終えたら投票所に向かおう、と思いながらPCを
立ち上げている。


今朝の日経新聞に目を通していたら、大変参考になる記事を
見つけた。若者から見た(熟年世代の)マナー違反である。
マナーができていないのは若者、と昔から相場は決まっている。
しかしその彼らから我々世代を見た時に、なんとかしてくれよと
感じていることがあるのだ。


①電車内の態度  例:電車で「席を譲れ」とばかりに、にらまれた
②横断歩道以外で渡ろうとする老人
③若者、店員へのごう慢で尊大な態度
④大声での会話
⑤駅、バス停、スーパーでの割り込み


①電車内の態度

足を開いて大きく座る男性はかなり多い。
結果、6人がけの座席なのに5人しか座れない状態を作っていても
素知らぬ顔をしている。日本は先進国だからこうしたマナーは改善
したほうが”美しい国”になる。


③若者、店員へのごう慢で尊大な態度

居酒屋で注文品がなかなか出てこないときなどは、私もこのモードに
入ることがある。気をつけたい。



⑤駅、バス停、スーパーでの割り込み

私はあまり経験はないが、ずうずうしい輩(やから)はどこにでもいる。
20年前のある日、JR大宮駅でのこと。
私は精算所の列に、乗り越し清算をするため並んでいた。
私の順番が来た瞬間に、横から私より年上と見受けられるビジネスマンが
スッと割り込んできた。

その前までの挙動から割り込みは予測できたので警戒はしていた。
また、同時に怖そうな人ではないことも確認していた。(ここは大事である)
そして、予測どおり割り込んできた瞬間に私は彼の腕をつかんで言った。
「順番を守りたまえ」

男はきまり悪そうに「すいません」と引き下がった。
が、後味の良くない、嫌な体験だった。



この他に私が日頃感じる大人のマナー違反を書いてみる。


①人が流れる場所での通行妨害迷惑

・人通りのかなりあるビルの通路などで、立ち止まって話に夢中になり
 他人の通行を妨害する輩。
 邪魔にならない場所まで移動して話せないのか?
・駅の改札口入口付近で定期券などを探して立ち止まり、他人の通行を
 妨害する輩。
 君がそこで立ち止まると後ろがつかえるのだ。

②よれて歩く通行妨害迷惑

前を歩く人がまっすぐに歩いてくれないことがある。
ブレるというか、よれるのである。
追い越そうとするとその方向によれてくる。
追い越そうにも追い越せない。
最近は、よれる予感がする人が前を歩いていたら、いったん大きく
左右に離れてから追い抜くクセがついた。


③歩きタバコ

論外である。昔は私もしていた。恥ずかしいと今は思う。


何故か、すべて通行時に関連するものばかりである。
私がせっかちなのか、あるいは歩き方が早いのかもしれない。
しかし毎日、心の中で舌打ちすることが多いのは事実だ。

2007年7月24日火曜日

梅雨明け5景      2007.7.24

             渋谷の梅雨明け       9:14



           半蔵門駅付近の梅雨明け       9:32

            市ヶ谷駅の梅雨明け      11:30


           四ッ谷駅の梅雨明け     11:36


          相原駅(JR横浜線)の梅雨明け    12:38

タバコ 2007.7.24

タバコをやめて8年になる。
今、私の生活は喫煙とは無縁である。
あの時、決断してやめておいて本当に良かったと思っている。



喫煙は趣味・嗜好、つまり嗜(たしな)むという優雅なものではなく
その本質は「ニコチン依存症」である。
タバコがないと精神的・肉体的に安定できない状態なのである。
それは人間がタバコというものにコントロールされていることを意味する。

喫煙によって体内に入ったニコチンは、脳に化学的変化を引き起こし、
ニコチンを補給しないと本来の正常な機能が営めない状態にしてしまう。
程度こそ違うが、麻薬などの薬物依存と同類である。
だからいったん習慣化すると簡単にはやめることができなくなる。
そこが怖いし、厄介だ。



喫煙は他人迷惑な側面も備える。
空気を汚す、吸殻を散らかす、他人に火を押し付けてしまうこともある。
私は中学生か高校生の頃、品川駅の階段で歩きタバコをしていた人に
すれ違いざまタバコの火を手に付けられた経験を持っている。
付けられた瞬間、熱さではなく「痛い!」と感じたことを忘れない。

かつて都内に勤務していた頃、狭い事務所で喫煙するということが
いかに他人迷惑かを実感したことがある。
当時の私は喫煙者だったが、誰かが喫煙すると文字通り煙が目にしみて
辛いのである。
責任者に改善要望を出したが、その責任者自体が喫煙者だったため
彼との関係も悪くなってしまった。


その時、私の中には公衆での喫煙に関してイメージができあがった。
それは昔、川の水を共同使用しているイメージだ。
上流から流れてくる水を村人が共に使っていたとする。
食事、洗濯、飲み水として。
そこに誰かが小便をしたとしたら、村人全員が迷惑を蒙ることになる。
空間を汚染する公衆での喫煙はそれと同じである。
汚れをブロードキャスト(拡散)させてしまうのである。


2003年に健康増進法第25条が制定された意義はきわめて大きい。
喫煙者の出す煙を、結果的に他人に吸引させる環境が許されなくなった。
事務所、学校、食堂などの施設管理者に受動喫煙の防止措置を講ずる
義務が法令化されたのである。
私の勤務する会社でも、喫煙者は喫煙ルームなる隔離された空間でしか
喫煙できなくなった。



続きは次回に。
書きたいことが多過ぎて、一回に収めるには厳しくなったから。

2007年7月21日土曜日

夏休み    2007.7.21

             写真     汐留シティセンター 1階の絵画
                                (港区東新橋1-5-2)


                撮影     2007.7.13




小・中・高等学校では夏休み期間に入った。
この時期は子供達が乗らない分、通勤電車が空くのでありがたい。



小学生の時代、夏休みは圧倒的な魅力を持っていた。
なにしろ休日が連続するのである。
しかも40日間という、気が遠くなりそうな長さだ。
学校へ行くことは、大人が勤めることと同じで子供にとっての勤めである。
誰もそこから逃げることはできない。
そうした束縛から40日間も解放されるのである。
嬉しくないはずがない。


友人といくらでも遊べる。どんなに遊んでも、翌日も休みだ。
学校の授業という時間的束縛もない。夜、明日の宿題をやらなくてよい。
自分の裁量で夏休みの宿題消化スケジュールを立てればよい。
好きなだけテレビを観てもよい。
いつもはできない夜更かしだってできる。(親に禁止されなければ)



夏だからプールや海水浴にも行ける。
私は両親に京浜急行で金沢八景や馬堀海岸に連れていってもらった。
海の家で食べるかき氷が好きだった。
萩中公園のプールは10円払えば無制限に楽しむことができた。
学校のプールとは違って、自由があるから好きだった。
私の右ひざには、不注意で萩中公園プールのコンクリートにぶつけた傷が
今でも残っているが、それすらもなつかしい記憶だ。



田舎に泊まりに行ける。
行けば小遣いももらえるだろう。
いつもと違う環境の中に飛び込むことができる。
パターン化された日常からの脱出である。
子供だってマンネリから離れたいものだ。


夏休みって、なんて素晴らしいんだろう!



しかし、長い長い休みも必ず終わる。
子供達は学ぶ。永遠に休みは続かないということを。
宿題も先に片付けておかないと、最後にツケがやってくることを。
休みを満喫したあとは、もとの日常生活に戻らなければいけないということを。



改めて夏休みを考えてみると、楽ばかりはできないという人生の
大原則を学んでいたことに気付く。



子供達が大切なことを学ぶ夏休みが今年も始まった。
おおいに学んでもらいたいと思う。
いや、大人が押し付けなくても通過すれば自然と学べることなのである。




夏休み> 作詞・作曲 吉田拓郎

姉さん先生 もういない
きれいな先生 もういない
それでも待ってる 夏休み















2007年7月19日木曜日

雨雲のなか     2007.7.19

撮影   7月17日 14:40
             場所   横浜みなとみらい クイーンズタワー


仕事中にエレベーターホールから外を見たら、街全体が雲の中だった。



2007年7月16日月曜日

台風一過(愛する散歩道)   2007.7.16

            写真①    緑まぶしく 7:17


             写真②     今朝の定点観測地  7:29


             写真③     墓地公園の朝 7:38


             写真④      遊歩道と水たまり    7:52


             写真⑤      いつまでも残して欲しい雑木林  8:44





             台風が過ぎ去りし朝新聞に集中できず外が気になる
                                             天祐

2007年7月15日日曜日

クルマ    2007.7.15

             写真   雨模様の朝

             撮影   7月14日 8:55






三連休である。台風4号接近であいにくの天気となってしまった。
今朝はクルマについて書く。


クルマに興味と関心を失って久しい。
かつて寝ても醒めても「あのクルマが欲しい」と思う時期もあった。
今は全くといっていいほど関心がなくなった。
文字通り、眼中にないのである。


社会人になって初めてクルマを購入したのは、勤め始めて二年目
の札幌勤務時代である。当時の仕事の知り合いから中古車を紹介
されて買ったのが最初のクルマだった。
スバルレオーネ(富士重工業)のオンボロ車で30万円で譲り受けた。
両親がクルマとは縁のない生活だったので、オンボロとはいえ所有した
ことにとても感激した。
今考えてもかなりのボロ車で、売る側からすればいいカモだったと
思う。知識なし、言い値のお客だった。
ボロではあったが、今の家内と北海道一周ドライブ旅行もした思い出の
クルマである。
しかし真冬にエンジンがかからないなどトラブルが多く、随分と手間が
かかった。



家内と結婚してから二台目に乗り換えた。
当時の職場に出入りしていたトヨタ系販売店のセールスマンの印象が
悪くなかったので、競合はさせたが彼から購入した。
ターセルという1300ccの小型車である。前輪駆動だから冬の雪道に
強いというのがウリだった。新車だがデザインはダサかった。
あの頃、マツダのファミリア(赤ファミ、青ファミ)がヒットしていて、購入後
ファミリアのほうが良かったかな、とちょっぴり後悔した覚えがある。
レオーネがかなりオンボロだったので、新車という点では満足のいく
クルマだった。エンジントラブルの心配がないだけでも心理的安心感は
大きかった。


1982年の東京転勤にはターセルも伴った。
池上のアパートに住み、引越ししてすぐ長男が生まれた。
長男が夜なかなか寝付かない時、ターセルに乗せて都内を走らせると
寝入ってしまうことがわかり、随分活用したものである。
池上時代の後半にそれほど利用しないことや、駐車場代が高いことを
理由にターセルを手放した。会社同僚に譲ったのである。
したがって数年はクルマなしの生活を送った。


1988年に大阪へ転勤した。
やはりクルマが必要だということになり、ブルーバードを購入した。
今ではほとんど見かけなくなったハードトップ、色は白だった。
街で見かけた後姿が気に入っていたので、迷わずブルーバードを指名
買いした。
兵庫県が仕事のテリトリーだったから、仕事でも時々活用し使用頻度は
かなり高かった。購入後1年で1万キロ超えするくらいだった。


1995年の横浜転勤にはブルーバードを伴った。
重宝したブルーバードだったが、この頃の私はドイツ車に乗りたくて
仕方がない時期だった。ベンツ、BMWに憧れたのである。
長い憧れの末にBMW320i を購入したのは1997年のことである。
このクルマとの4年間で、私のドイツ車あこがれ病は治まったといって
よい。
外車お決まりの電気系故障を契機に、トヨタ エスティマに乗り換えて
今に至っている。


ミニバンといわれるカテゴリーのエスティマであるが、そこそこ満足して
6年乗っている。普段は家内の買い物専用で、たまに旅行で使う程度。
6年にもなるのに2万キロそこそこしか乗っていない。
普通車にしては大きく小回りがきかないので、免許を取得した子供達は
まったく乗ろうとしない。いつまでもペーパードライバーである。


しばらくはエスティマを使うことになるだろうが、ゆくゆくはもっと小さく
取り回しの良いクルマに乗り換えるつもりだ。
漠然とではあるが、プリウス(トヨタ)が大きさからも環境対応からも
いいかなと考えてはいるが、先のことはわからない。


生涯に所有できるクルマは何台でもない。
あと何台共にできるのかな、と考えることもある。
何より安全に、大切に乗りたいものである。

2007年7月12日木曜日

スーダラ参院選予想   2007.7.12

スーダラとは無責任の意味である。
私は選挙のプロではない。アマチュア、素人である。
だけども今回の結果予想を当てて、選挙予想のプロとか
神様とか呼ばれてしまうかもしれない。
そんな予感も少しする。


予想は早いうちが華(はな)である。
したがって今日、明記することにした。
読者の皆さんは7月30日に判明する結果を楽しみに
してください。



私の予想① 【選挙区】

自民  42
民主  24
公明   5
共産   1
その他  1

私の予想② 【比例区】

自民  16
民主  16
公明   7
共産   4
その他  5


私の予想③ 【合計】

自民  58
民主  40
公明  12
共産   5
その他  6



今回の勝敗ラインは与党(自民党 + 公明党)が過半数を確保
できるかだ、と言われている。

過半数 = 122 = 非改選(58) + 改選(64)

したがって与党が64議席を占めることができるか、に着目すれば
よいのである。


私の予想は自民党 58、公明党 12 であるから、自民党は敗北
すれども与党は手堅く過半数を確保する。
民主党は選挙前の勢力が81 に対して、選挙後は89 まで伸ばす。



念のため、算出根拠も明記しておく。

選挙区・・・各選挙区の立候補状況から、1区づつ予想し、最後に
       合計を集計。
比例区・・・現状勢力数に勢い係数を乗じた。


今回の予想にあたり、私の住む地域の選挙区(神奈川選挙区)を
分析していて分かったことがある。
それは民主党の選挙戦術が下手だということだ。


<神奈川選挙区  改選数3>

自民  小林温氏   現職
民主  水戸将史氏  新
     牧山弘恵氏  新
公明  松あきら氏  現職
共産  畑野君枝氏  前
社民  和田茂氏    新
国民  斉藤さちこ氏  新
その他 溝口敏盛氏  新


自民党、公明党は手堅く一人づつしか擁立していないのに
対して、民主党は欲張って二人を立てている。
あわよくば二人当選を狙ってのことだろうが、これは若干
危険だ。なぜなら組織がしっかりしている共産党の畑野氏に
かっさらわれる可能性もあるからだ。
なんだかんだ言って、自民 1 公明 1 は固いだろう。
とすると、ここは共食いを避けて一人を擁立すべきではないか
と思うのだ。


民主党は複数の前身組織から成りたっている寄り合い所帯だ。
妥協の産物とも言える二人擁立に、この党の抱える限界を私は
感じている。


以上、無責任な予想である。
予想はあくまで予想にすぎない。
読者の皆さん。とにかく投票には行きましょう。
投票は国民の権利であり義務だからである。

2007年7月10日火曜日

スティール = steal(盗む) = steel(非情な)   2007.7.10

美しい花畑  撮影 6月20日



ようやく正しい審判が下された。
溜飲が下がるとは、このことである。



7月9日、東京高裁は盗人(スティール・パートナーズ)がブルドックソースの
買収防衛策に対する発動差し止めを求めた申請に対して、その申し立てを
却下した。
判決によると盗人ファンドを乱用的買収者と認定し、ブルドックソースの自己
防衛手段を正当なものと判断した。


これは大変良い判決だ。大歓迎である。
感情的に表現すれば、実にいい気味である。


これで株価をいたずらにつり上げ、もっともらしい理屈を振りかざして
株式市場で売り抜けて暴利を手にして来た手法に待ったがかかることになった。
もっともらしい理屈とは、企業は株主のもの、企業は株主のために企業価値を
最大化しなくてはならないというものである。
この理屈は一面の真実を語ってはいるが、全面的な真実ではない。


企業価値の最大化 = 株価上昇  は企業活動の結果に過ぎない。
企業にとって最も大切なことは、顧客に徹底的に奉仕することである。
これ以上でも、以下でもない。
その結果、利益が上がり株価が上がるなら納得できる。
それがものごとの順番というものである。


盗人たちは違う。
奴らはまず、株主への配当を上げろと要求する。
順序が違うのである。
利益をもたらしてくれる顧客へ、このような方法・戦略で奉仕し
競争者との戦いに勝ちなさいという提案(企業戦略)もない。
ないはずである。
もともとそんなことは考えていない集団だからである。
そんな輩(やから)に対してブルドックソースが納得しなかったのも
当然である。


村上ファンドも同じだった。
ライブドア(堀江)もほぼ同じだった。


顧客の生活や仕事の効率を上げるという付加価値を提供せず
自分達の利益のみ追求する集団を許す社会であってはならない。
ずうずうしい奴らは厚かましくも最高裁に上告するらしい。
そんな行動も、いかにも奴ららしい。
なんとわかりやすい集団なんだろうか。



私は昨晩から今夜にかけて,快哉を叫び続けている。
最高裁でも徹底的に叩きのめして欲しいと願うものである。

2007年7月8日日曜日

選挙   2007.7.8

写真  ブリティッシュパブ B-Spirits
中野区中野5-36-5

お薦め:高品質のギネスビール  泡の美しさと、深い味わいに乾杯!

     ランチメニュー  ¥780~



選挙のシーズンである。



最寄り駅、および通勤で下車する駅では、候補者とスタッフが
拡声器とともに”にこやかに”待ち構えている。
私はこの手の選挙スタッフが大の苦手である。



候補者はマイクを握っているからまだ良いが、困るのはなんとか
ビラを渡そうとするスタッフである。
受け取らなければ良いだけのことなのだが、歩く方向にスタッフが
いるだけでプレッシャーを感じてしまう。
拒否する、断る、無視するというのは結構ストレスをもたらすものなのだ。



ビラ配りならまだいい。
あまり思い出したくない体験も持っている。


数年前のこと。
選挙シーズンの或る日、最寄り駅で帰宅するためバス待ちをしていた
時のことだ。
その日は比較的有名な部類に属する候補者I氏の陣営が駅広場で
運動していた。かつて出雲市の市長を務めた人である。



候補者I氏は街頭演説を終えると、なんとバス待ちで並んでいる人
全員に対して、順番に握手するために歩き始めた。
順番がこの私にも徐々に迫ってくる。悪夢だ。



熱心な候補者であるが、これは明らかに無理がある。
そもそも日本では日常生活で握手するという習慣はない。
ハグにしても握手にしても、身体を接触させるという文化はあちらの国の
習慣なのである。あちらでは、お互い敵ではないということを表現するための
行為として現在まで続いてきたはずだ。
日本では幼い子供と親、恋人同士以外はやらない。
それなのに候補者I氏は、バスを待つ人ひとりひとりと握手しようとしている。


結局、どうしたか?
その場の雰囲気に負けて私も候補者I氏と握手をしてしまった。
だが、とても気恥ずかしかった記憶が残っている。



今回の選挙ではバス待ち・順番握手強要だけは避けたいと思う。
ただし、とびきりの美人候補がいればその限りではない。
まぁ、そんな美人ならわざわざ政治の世界には入ってこないだろう。

註:I氏は当選し、現在も衆議院議員をやっている。

2007年7月7日土曜日

とんと御無沙汰    2007.7.7

写真   やはり壮大なランドマークタワー

撮影   2007.7.6 13:58


<とんと御無沙汰>
作詞:阿木燿子 作曲:吉田拓郎

慌ただしい時に追われ 
孤独にさえ気付かない夜
人は嘘を自分につき
年のせいにしてみたりする


とんと御無沙汰
どうしてました?
気にはしてても 
ついつい気後れ 臆病風

外は雨 外は雪 外は晴 外は鬼


とんと御無沙汰 
ぼくの内なる恋心




聴けば聴くほど、歌えば歌うほど好きになる類の
歌がある。
私にとって、「とんと御無沙汰」がそれにあたるだろう。


好きになったきっかけは、昨年11月10日。
日本武道館でのコンサートだ。
このコンサートで1曲目に吉田拓郎が選んだのが
この曲である。


武道館のすみずみまで響き渡る彼の声。
肺ガンの手術から生還し、元気に満員の観衆の前で
高らかに歌い上げる彼の姿に、ファンである私は心の底から
感動したものである。
最近、いろいろな場でよく使われる表現だが「鳥肌がたった」と
言っても大袈裟ではないくらいの彼だった。


それ以来、この歌の深さに魅せられ続けている。


今日も三次会で11月10日の彼になりきって歌ってみた。
満員の武道館で、大観衆の前で高らかに歌う彼に
なったつもりで。

なんだかいつもより上手に歌えたと思ったのは
気のせいだっただろうか?


とんと御無沙汰
僕の内なる 夢見人
(作詞:阿木燿子)



素晴らしい詞だ。
私はこの歌から当分離れられそうにない。



追伸


なつかしい 友と巡りて はるかなる
時空を越えて あの日に戻りぬ

2007.7.7 天祐

2007年7月3日火曜日

春関東 写真    2007.7.3


今年の春関東は早大の完勝となった。スコアは 38 対 0。
関東学院大学にとっては、今年は辛いシーズンになりそうだ。
選手権決勝に駒を進める可能性は低い、と私は見た。


善戦ならまだしも春に圧倒されると結局のところ、冬までその差が
埋まらないという過去のデータがある。
このことをコアなファンは「春完敗に王座なしの法則」と呼んで
いる。


おそらく歴史は繰り返すだろう。


写真①    2007.7.1     16:31 試合開始前30分のバックスタンド

写真②       2007.7.1     16:41   試合前の練習風景

写真③   2007.7.1    18:20 ナイター照明に照らされる三ツ沢G

写真④    2007.7.1    18:35 ノーサイド  立ち上がる大観衆

2007年7月1日日曜日

春関東    2007.7.1



<写真>

撮影   2007.1.12

早大ラグビー部上井草グラウンド




今日は春関東(はるかんとう)の日である。
と言っても、何のことだかわからない人が圧倒的だろう。
春関東を知らなくても心配無用だ。安心してよい。
日本ではマイナーなスポーツの、ラグビーに関する話題である。
そのマイナーなラグビー界において比較的人気がある大学ラグビーに
通じた人だけにわかるニッチな話である。


春関東とは、大学ラグビー界の両雄 関東学院大学ラグビー部と
早稲田大学ラグビー部が戦う試合のことである。
今日、三ツ沢競技場で昨年の覇者・関東学院大学ラグビー部とライバル 
早稲田大学ラグビー部の春のオープン戦が行われる。
早大側からはこの試合を称して春関東、と呼んでいる。


早大ラグビー部のホームページからは、この試合への意気込みの
強さが伝わってくる。
今年の1月に行われた大学選手権決勝で、早大有利の予想を
裏切り関東学院大学に敗れたことが伏線にある。
昨年度の敵(かたき)討ちと位置づけている選手が多い。


かつて、このイベントは存在していなかった。
両校が毎年この時期に戦うようになったのは、今から七年前、
清宮克幸氏が早大ラグビー部の監督に就任してからだ。

1990年代の長い低迷期を脱するべく、早大ラグビー部が清宮氏に
監督就任を要請したのは2001年早春のことだ。
監督に就任すると、すぐに釜利谷(横浜市金沢区)の関東学院大学
グラウンドへ春口監督を訪ね、春の練習試合を申し込んだ。
大学日本一奪還 = 関東学院大学に勝つこと と定義し、ターゲットを
関東に絞ったのだ。
ちなみにそれまでの早大監督は、先方から練習試合を頼まれる
ことはあっても、自分から頼み込むことはなかったようだ。
大学ラグビー界の名門・早大の監督は低迷してはいても
偉かったのである。


氏は監督就任以来、数々のチーム改革を行って早大ラグビー部を
復活させた功労者であり、2005年のシーズンを最後に勇退して現在、
サントリーラグビー部監督を務めている。


春関東には興味深い法則を見ることができる。
両校は夏にも菅平で練習試合を行うが、春に勝つと夏も勝ち、そのまま
選手権でも勝つという3連勝パターンがあるのだ。
この法則は2001年から2005年まで続いた。
(去年だけはこの法則が乱れている)


春関東で私の記憶に鮮明なのは、2003年の試合である。
前年に11年ぶりの優勝を勝ち取った早大だったが、この日は関東に
コテンパンにやられてしまった。
前年優勝したチームが関東にまるで歯が立たない、という試合に私は
少なくない衝撃を受けたものである。
結局、この年は夏も関東が勝ち、選手権も関東が勝つことになる。


今年の春関東はどんなゲームになるだろう。
この試合を観れば今年の両校の力関係がわかる。
ファンにとっては見逃すことのできない試合である。
試合は夕方5時から行なわれる。
ちなみに、マイナーだからテレビ神奈川でも放送されない。


【参考データ】

過去六回の大学選手権における成績は以下の通り。


2001年 優勝:関東学院大学  準優勝:早稲田大学
2002年 優勝:早稲田大学   準優勝:関東学院大学
2003年 優勝:関東学院大学  準優勝:早稲田大学
2004年 優勝:早稲田大学   準優勝:関東学院大学
2005年 優勝:早稲田大学   準優勝:関東学院大学
2006年 優勝:関東学院大学  準優勝:早稲田大学


まさに両雄である。