2010年3月31日水曜日

期末  2010.3.31






企業における2009年度も今日で終わる。
今日も明日も一見何も変わりはないのだが、明日からは2010年度が
始まる。



組織改変、人事異動が発令され、フォーメーションが変わる。
重点、つまり力の入れ所も変わる。
昇格する人もいる。
降格する人はあまりいないと思うが、諸事情で降格を余儀なくされた
人もいるかもしれない。



こうして企業の中は外からは見えないが徐々に徐々に、その姿を
変えていく。
32年も勤めていると、そうした内なる変化がよくわかるものだ。
その変化は時間を重ねるにつれ、大きな変化へと変わっていく。



世の中も企業も少しずつ変化・進化して新しい時代に適応していくのだ。
小さな変化を見逃してはならない。
その積み重ねが社会を大きく変えていくのだ。

2010年3月29日月曜日

amazonマーケットプレイス 2010.3.29


                   デフレ? 顧客サービス?




花見の季節も近いというのに、この寒さはなんだろう?
にわか雨まで降る、朝から晩まで冷えた一日だった。



amazonに発注し、ドイツから届いたCD。
通常の amazon購入サイトではなく、見知らぬ第三者が出品して
購入者を募る amazonマーケットプレイスというサイトであることが
わかった。
注文した時は意識していなかった。



だからといって、中古品が届いた訳ではない。
れっきとした新品である。
見知らぬ第三者といっても、おそらく企業だろうと思う。
何らかの理由で在庫を保持して商売をしているのだろう。



でも、今どき、ダウンタウンブギウギバンドのCDを買うのは世の中
広しといえども私くらいではないだろうか。
商売になるのか、はなはだ疑問である。
送料込みで1,700円くらいでなつかしいCDを購入できたのは収穫だった。
こたつで身体を暖めながら、今夜もiPod で聴いている。

2010年3月28日日曜日

Yesterday's Yesterday   2010.3.28





ここ数日、GS(ダウンタウンブギウギバンド)を毎日聴いている。



購入したのはここで投稿したことがきっかけである。
てっきりLPレコードで現物保管しているはずと思って確認してみたところ
持っていないことがわかった。
かつて遠い昔に買ったのは間違いないから、誰かに貸したまま
忘れてしまったのかもしれない。



amazon.com で発注したのが3月13日。
配送されたのは23日だから随分時間を要した。
不思議なことがある。
発送元がドイツからなのである。


①日本でインターネットから発注する。
②amazon.jp(日本)で受注処理する。
③ドイツから我が家へ発送される。


外国のCDならわかるが、ダウンタウンブギウギバンドのCDである。
メーカーは㈱EMIミュージックジャパンで、MADE IN JAPANと
書いてある。
どうしてこうなるのか私には皆目想像がつかない。
不便はないからこだわってはいないが、不思議でしかたがないのである。
どなたか、amazon のサプライチェーンに詳しい人がいたら教えて
もらいたい。



改めて聴きなおしてみて感じたことがある。
テンプターズの曲の素晴らしさだ。

「神様お願い」(作詞・作曲 松崎由次)
「おかあさん」(作詞:松岡弘子、補作詞・作曲:松崎由次)

スパイダース「ノー・ノー・ボーイ」(作詞:田辺昭知、作曲:かまやつひろし)
も美しい。


GS(グループサウンズ)ナンバーには名曲も駄作もあり玉石混交だった。
このCDで演奏されているナンバー15曲はいずれ劣らぬ名曲揃いだ。
GSが好きだった人、夢中だった人、なつかしく感じる人にはお勧めの
一枚である。
16曲目、最終曲のオリジナルソング Yesterday's Yesterday も
きっと気に入ると思う。

2010年3月25日木曜日

32年の月日   2010.3.25


                    自転車に乗って



今夜は冷たい雨が降っている。しかも強く。
まさに三寒四温の日々が続く。
それが春というものだ。



まもなく2009年度も終わりを告げる。
多くの企業は決算月を迎え、業績の追い込みに懸命だろう。
最悪期だった昨年と較べれば、間違いなく経済は好転しているので
全般的に今年は期待できそうだ。



企業従業員になって、この春で32年が経過する。
先が見えていることは今さら言うまでもない。
いかなる役割であろうとも必要とされるならば、最後まで役にたつように
働きたいと思う。

2010年3月22日月曜日

PYG(ヤングタウン東京)  2010.3.22





高校一年の夏だったと思う。
クラスメートのタジマ氏に誘われて赤坂のTBSホールへ出かけた。



「ヤングタウン東京」という公開収録ラジオ番組を観に行ったのだ。
当時、私にはそんな行動力はなかったから誘ったのはタジマ氏からだろう。
タジマ氏にはお目当てのバンドがあったのだ。
PYGである。



PYGはグループサウンズブームが去ったあと、タイガース、テンプターズ
スパイダースから各2名づつ集まったスーパーバンドだった。

・沢田研二、岸辺おさみ(一徳) ・・・タイガース
・萩原健一、大口広司       ・・・テンプターズ
・井上堯之、大野克夫      ・・・スパイダース


いかなるいきさつでこのバンドが結成されたのかは知らない。
「花・太陽・雨」、「自由に歩いて愛して」の2曲をリリースしてやがて
解散していった。短命だった。



ヤングタウン東京では「自由に歩いて愛して」を演奏した(はず)。
演奏が終わってステージから去るとき、私は沢田研二に向かって「ジュリー!」と
呼びかけた。
そのとき、彼がこちらに向かって手を振ってくれたことを鮮明に覚えている。




「自由に歩いて愛して」を聴くと、タジマ氏と行ったヤングタウン東京を
思い出す。

2010年3月21日日曜日

コカ・コーラ  2010.3.21





コカ・コーラを初めて飲んだのはいつだっただろうか。
「Always 三丁目の夕日」でも、タバコ屋のおばさんが飲んでいたから
日本に入ってきたのは昭和30年代はじめだと思う。
つまり私が4~5才の頃には存在していたことになる。



幼少の頃、「ワタナベジュースの素」という製品があった。
覚えている読者も多いと思う。
冷蔵庫の氷を浮かべて飲むのが小さな楽しみだった。
市販の清涼飲料水では三ツ矢サイダー、リボンシトロンが代表的な
製品だった時代に、コカ・コーラは抜群においしく感じたものだ。



コカ・コーラは「かっぱえびせん」(カルビー)と相性が良かった。
中学生の頃、学校から帰宅してえびせんを食べながらコカ・コーラを
飲むのが日常的な楽しみだった。
大人になってビールを飲むようになってから、コーラを飲むことは
ほとんどなくなった。
でもあの時に感じたおいしさは、今でも甘美な記憶として残っている。



テレビコマーシャルも上手だった。
YouTube でコカ・コーラCM曲集を見つけた。
次々と旬なタレントを起用していたことがわかり興味深い。
昭和という時代を語る時に、コカ・コーラは燦然と輝く象徴的商品だ。



こちらの映像もなつかしい。
久しぶりにコカ・コーラを飲んでみようか。
もちろん、かっぱえびせんをかじりながら。

2010年3月20日土曜日

私の愛する散歩道(初春)  2010.3.20






早春の三連休を迎えた。
高速道路は連休と千円効果で大渋滞らしい。



私は朝8時過ぎに知人からのメール着信音で目覚めた。
9時から町内会の仕事があるのでこのメールはタイミングがよかった。
朝食もそこそこに近所の自治会館へ出かけ、一時間余り作業を手伝う。
自治会館から自宅へ戻るとき、陽光や吹く風で春を強く意識した。
季節が春へぐっと動いたことを知る。



明日は天候が崩れる予報が出ている。
散歩するなら今日だ。
愛用のカメラを首からさげていつもの散歩道を歩く。
最近、散歩道とはご無沙汰だった。



ところどころで花が咲き、木の芽が膨らんでいる。
池で一休みしながら水面を眺めていると心がなごむ。
時間がゆったりと流れている。
日頃、何かとせかせかとしていた自分に気付く。



もっと、気持をゆったりとさせ、スローペースで生きたほうがいい。
そう自省する。
急いだところで結果に大きな差は出ないのだ。







2010年3月18日木曜日

演歌マサチューセッツの衝撃  2010.3.18

かつてBee Gees のマサチューセッツが私の大好きな曲である
ことを書いた。
しかし、あの宮路オサムがこの歌を持ち歌にしていたことは全く
知らなかった。
死角をつかれたというべきか。
うかつだった。



昨日、虎ノ門でオグラ氏と初めてサシでしみじみ呑んだ。
音楽の話になりおおいに盛り上がった。
テレビ番組「ビートポップス」も時代共有していることを互いに
確認した。
意気投合した、とでもいってよいだろう。



しかし、マサチューセッツの話になり、宮路オサムが歌っていたと
彼は言う。
私はオグラ氏が私を笑わせてくれるためのギャグだと思った。
その"ギャグ"は私の笑いのツボをおおいに刺激した。
おしぼりで口を押さえて笑い転げたほどだ。



しかし、オグラ氏の話は本当だった。
知らなかったのは私だけなのだろうか。
皆が知っていたとしたら私のショックはさらに大きい。

2010年3月14日日曜日

Something New(新しいもの) 2010.3.14


                      内幸町(日比谷)


ITの世界は日進月歩。
15年前にインターネットを初めて体験した時には、今日の便利な姿を
イメージすることができなかった。
様々な情報をホームページで閲覧する程度のものかと思っていた。



日本でのインターネット普及にYahooが果たした役割は大きかった。
インターネットエクスプローラをダブルクリックしてネット接続し
最初に表示するトップページをYahooにしているユーザーは多いはずだ。
我が家のPCもそう設定してある。
ネット検索の便利さをYahooで知った人も多いと思う。



やがてGoogle検索、YouTubeなど驚異的なアプリケーションが登場し
今や、なくてはならない存在になった。
ニュースを新聞・テレビからではなくネットで確認する人も多いだろう。
お金の振込、買い物の姿までも変えつつある。
これからもますます進化していくに違いない。
予想もしなかった Something New が現れてくるはずだ。



一昨日、トキモト氏、カワマタ氏と飲み食いする機会があり、私自身の
Something New 感度が鈍っていたことを痛感した。
どんな流れだったのかは忘れたが、話題が twitter に及んだ。
さすがはトキモト氏である。彼は twitter を使っている。
twitter を使っていない私は、彼にどんな良さがあるかを質問した。
彼いわく「最新の事象をマスコミよりも早く細かく知ることができる。
95%はゴミ(情報)だけれども」




それがきっかけで昨日、アカウントを取得し twitter の世界へ入ってみた。
まだ初心者だが、使っているうちに理解していくことだろう。
今まで世の中に存在しなかったアプリケーションは、まずは自分で体験
してみることだ。
多くの人を惹きつける存在は、惹きつけるだけの理由と魅力があるはず。
ツールそのものに良いも悪いもなく、どんなツールも使い方次第だと思う。



追伸



オオヒラ氏も twitter 経験者であることが判明した。
仕事上、情報源として必要なのだろうと想像している。

2010年3月13日土曜日

財政再建が急務の日本 2010.3.13

春の強風が吹いている。
これだけ風が強いと散歩に出る気にはなれない。
目にゴミが入るのが嫌なのだ。
こんな日は家でおとなしくしているに限る。



明るい兆しがある。
低迷していた国内景気が持ち直してきたのではないか。
先日、久しぶりに日経新聞に隅々まで目を通してみた。
利益を計上できる企業記事がかなり目に付く。
経済成長を続ける中国に負うところは大きい。
リストラ効果もあるだろう。



心配なのは膨大な国の借金(累積国債発行額)だ。
収入に見合った支出、という原則は家計も国家収支も同じ。
借りたお金は返さなければいけないのも同じだ。
歴代の政権が国債を発行しまくって、とてつもない金額の借金を
膨らませたのが今の日本である。
子孫にそのツケをまわして「あとはよろしく頼む」と言う道を選ぶか、
借金を少なくしていくことに本気で取り組むかが問われている。



借金を少なくしていくことを政治の世界では財政再建という。
財政再建のためには、3つ必要なことがある。

1.経済を成長させて税収入を増やす。
2.税金の無駄使いをやめる。
3.国民が今以上に税負担する。



政治のテーマは「何をするか」よりも「何をやめるか、何を我慢するか」
という状況にあることを私を含めて国民は認識すべきである。

2010年3月9日火曜日

よみがえる記憶(スーパー銭湯にて) 2010.3.9

春の雪が降っている。
今年は例年になく雪の多い年だ。



今のマンションに越してきて5年。
風呂場をリフォームすることになり、昨日から工事が始まった。
そのため昨晩、家族で近所のスーパー銭湯に出かけた。



長男と男湯に入る。
彼と一緒の風呂は久しぶりだ。
数年前、箱根に泊まりで温泉に行った時以来のことになる。



湯船に浸かっていた時、若い父親が幼児を抱いて入ってきた。
しばらくすると父親が「いーち、にーぃ、さーん、・・・」と数を
数えだした。
突然、忘れていた記憶がよみがえる。



私も長男、長女が小さい頃、風呂に入れていた。
湯冷めをしないよう肩まで湯に浸かって温めようと、数を数えたっけ。
長男と入るときにちょくちょく使った手がある。
カウントアップしていくうちに、長男が気が付かないように再び少ない数に
戻して数える手だ。
少しでも長く温めようとした訳である。
そのうち、長男も気が付くようになり異議を唱えるようになった。



すべて昔のことである。
でも、とてもなつかしい思い出だ。
ためらいもなく時は過ぎていく。




              JR飯田橋駅前から見る神楽坂

2010年3月7日日曜日

ジャガーズ  君に会いたい  2010.3.7  


                     新日本石油本社



すごい映像を見つけてしまいました。
君に会いたい by Jagers

いつも音楽と共に生きてきた(思い出の渚) 2010.3.7


               JR飯田橋駅  撮影:3月5日 午後



朝、寝床の中ではダウン・タウン・ブギウギ・バンドについて
投稿しようと思っていた。
事実の裏づけを取ろうと、いつものように Google で検索していた。



かつてのLPレコードがCD化されて今でも販売していることを知り
ちょっぴりうれしくなる。
そのなかに アルバム G.S もあった。
ダウン・タウン・ブギウギ・バンドがグループサウンズのヒット曲を
カバーしたアルバムで、バンド後期に発売されたものである。
演奏が上手なので、なかには本物のG.Sよりも聴きやすい曲もある。
画面の下方に視聴ボタンがあるので、興味のある方は聴いてみることを
お勧めする。



視聴ボタンのひとつに「思い出の渚」がある。
この曲を聴くと私はいつも小学校高学年にタイムスリップする。
教室でオオタシンイチ氏がよく口ずさんでいたことを思い出すのだ。
私たちの世代でワイルドワンズのこの名曲を知らない人はいないと思う。
歌詞、メロディともに文句なしの素晴らしい歌である。



ということで、「思い出の渚」を聴いて、読者の皆さんも幼き日々に
タイムスリップしてください。
ダウン・タウン・ブギウギ・バンドについては、また後日に投稿します。




追伸


こんな歌もそういえばありましたね。
       ↓  
想い出の九十九里浜 Mi-Ke


                市ヶ谷、法政大学方面を望む

2010年3月4日木曜日

木曜の夜  2010.3.4


              溜池山王の朝   撮影:3月4日 7:38



月曜の朝は気が重い。
仕事の課題が待っている。
怠け心にムチ打って、何にどう取り組むか考えを巡らせながら
通勤電車で会社へ向かう。
何故だか電車も混んでいる。


火曜の朝もいやおうなしにやってくる。
課題はサクサク片付かないから課題なのだ。
想定していた展開が変化することも火曜が多い気がする。
この手順で対応しようとしていた時とは状況が変化して、新たな
アプローチが必要になる。


水曜の朝は一週間の長さに憂鬱さを感じながらスーツに着替える。
会社に着いてしまえば仕事への切り替えは早い。
三日目だから心身が仕事向きになっている。
課題の一部が解決して気持が軽くなることも多い。


木曜の朝は「課題・懸案を今週内にケリをつけよう」と思いながら
通勤する。
疲労感を意識するのも木曜の朝が多い。
若い頃は感じたことのない疲れだ。
水曜同様、会社に着いてしまえばすぐ仕事へ気持が切り替わる。


木曜の夜はいつもうれしい。
明日、勤務すれば休みが待っているから。
あと一日、頑張ろう。
そう自分に言い聞かせながら眠りにつく。

2010年3月2日火曜日

銀座から赤坂見附を歩く  2010.3.2

                                千代田区立九段中高(旧 都立九段高校)


寒い夜になった。



今日は朝から晩までデスクワークをしていたので、会社をひけてから
無性に歩きたくなった。
あれこれ知恵を絞ってはみたが納得できる結論へ導くことができない
一日だった。
まっすぐに帰宅せず、歩いて頭を冷やしたい気分だった。



銀座から赤坂見附まで45分の道のりを歩く。
距離にしておそらく3kmくらいあるのではないかと思う。
風も吹いていたので体感温度はかなり低く感じた。
寒いくらいのほうが歩いても汗ばむことがないので好都合だ。



歩いていると空腹感がやってくる。
カロリーを消費している実感がある。
赤坂見附に到着する頃には気分もすっきりしていた。



この冬から朝晩、よく歩くようになった。
急ぎの用事がない限り、朝は虎ノ門から会社まで20分歩く。
帰りも歩くことが多い。
虎ノ門までの日もあれば、溜池山王、赤坂見附まで一気に歩いて
しまう日もある。



暖かくなったら今のようには歩くことができなくなる。
汗対策が必要になる。
着替えを用意して歩くことも検討している。
それほど歩く魅力に取り付かれている。