2014年12月29日月曜日

科学技術の進歩    2014.12.29

渋谷駅
 
 
 
天気予報通り、冷たい雨が降っている。
 
 
 
昔と比較すると天気予報の精度は飛躍的に進歩した。
人工衛星での観測など、科学技術の導入が
予報精度をあげたのだと思う。
科学技術が世の中を進歩させる。
 
 
 
テレビもブラウン管式から液晶に代わった。
最近ではさらに高精細に映る 3K が家電大型量販店に
並ぶようになった。
価格がまだ高いので、ガンガン売れているとは思えないが
今後、徐々に普及していくことだろう。
 
 
 
レコード盤、カセットテープ、ビデオテープは過去の
ものとなって久しい。
わが家にはこれらの”死蔵されたコンテンツ”が結構ある。
これらをどうしようかと時々、頭をよぎる。
答えは出せずに、ただただ時間が過ぎるばかりである。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


2014年12月26日金曜日

道塚町の記憶と個人商店    2014.12.26






人生は思い出と共にある。
普段は忘れていても、ある日突然(トワ・エ・モアの歌のように)
昔の思い出が急によみがえることがある。




私は大田区道塚町で育った。
中学生の頃だっただろうか、道塚町という地名が新蒲田に
変更になった。
同時に西蒲田、東蒲田、蒲田という地名が生まれたように
記憶している。




ケンちゃん(加藤さん:1年先輩)、佐藤さん(1年先輩)、
小川さん(1年先輩)、大竹さん(女性:1年先輩)、
のぶちゃん(橋立くん:1年後輩)たちが遊び友達だった。
大竹さんは女性だからあまり一緒に遊ばなかったが
とても端正な顔立ちだった記憶がある。




当時は個人商店が多かった。
今の日本から消滅しかかっているのが個人商店だ。
私が覚えている、近所の店をあげてみる。


前田菓子店

ピーエンロ(中華)

浅野屋(蕎麦屋)

ウララ(理髪店)

バーバー酒井(理髪店)

バーバー三島(理髪店)

しんせい(理髪店)

魚武(魚屋)

伊藤精肉店(肉屋)

日光屋(酒)

米山精米店

斉藤商店(雑貨)

鈴木電器店



前田菓子店の隣に薬屋さんもあった。名前は忘れた。
同級生・鳴島さんの家は建具屋さんだった。
同級生・飯田君(故人)のお寿司屋さんの店名は「おかめ寿司」。
飯田君ちの隣の本屋さん(名前を忘れた)では
少年マガジン、少年キングをよく買った。
バーバー三島のすぐそばに靴屋さんもあった。




道塚の同級生で、上記の本屋さん,靴屋さんの名前を憶えている人が
いたら教えてほしい。
大木君(キンちゃん)、覚えているかい?




2014年12月25日木曜日

一瞬のホワイトクリスマス   2014.12.25






会社帰りの電車(東急大井町線)で帰宅途中のこと。
どの駅だったかはわからないが、停車した駅のプラットホームに
夜空から小雪がぱらつくのを見た。



次の駅で停車した時、すでに雪は降っていなかった。
まさしく、ほんの一瞬のホワイトクリスマスだ。
こんなことであっても、少しばかり幸せな気分になるものだ。



今年、歌活動での収穫はスタンダードなクリスマスソングを
英語で歌えるようになったこと。
英語で歌う、というところがポイントである。


Jingle Bell

Winter Wonder Land

White Christmas

We Wish A Merry Christmas

Silent Night



12月7日のパーティで急遽、歌うことになり
短期間で一気に覚えた。
どの曲も楽しく美しい曲だと、改めて感じ入った年になった。
名曲はいつまでも残るものなのだ。



2014年12月23日火曜日

いつも音楽と共に生きてきた(ダウン・タウン・ブギウギバンド②)   2014.12.23


プリン




写真は先日の歌レッスン(代々木)で、メンバーの一人が皆に
プレゼントしてくれたプリンである。


玉子の殻にとてもおいしいプリンが入っている。
世の中には、おいしいお菓子があるものだ、と感心した。
品川駅の駅ナカに売店があるらしい。



さて、当ページでダウン・タウン・ブギウギ・バンドについて
書いたのは12月17日である。
そのページに足立(育爺)がつけてくれたコメントが印象深い。



私が「青春すきま風」のシングルレコードを足立に
贈った(?)件だが、まったく記憶がないのである。
そう言われればそうだったような気もするが、記憶にない。



現在、改めてダウン・タウン・ブギウギ・バンドを聴いてみて
気に入っているのは以下の曲である。



・恋のかけら

・涙のシークレットラブ

・涙のヴァイア・コンディオス



これらの曲に共通しているキーワードは「哀愁」。
私の好みは哀愁の漂う曲調である。
師事する黒木先生(ゴスペル)の選曲・アレンジが心に響くのは
そのせいなのである。









2014年12月21日日曜日

東京駅100周年記念 Suica の件   2014.12.21

新宿



JR 東日本の東京駅開業100周年記念 Suica について
思うところを書いてみる。



・企画そのものは良い。これだけの需要があるのだから。

・今どき、人々を並ばせての販売は時代遅れ。

・限定販売に問題がある。レアものだからネットオークションで
さっそく高値で売り出されている、とのこと。
”買い得”人間を作り出してはいけない。



◆私の結論◆


・「限定販売」をやめ、需要ある数量を受注する。

・ネット、ハガキで受注し、振込を確認して販売する。



◆その他、感想◆


現場責任者は社内外から非難を受け、つくづく気の毒だと思う。
その立場を慮(おもんぱか)ると本当に気の毒。
失敗しようとして失敗する人はいないから。





2014年12月20日土曜日

年賀状を作る   2014.12.20

新宿




冷たい雨が降る休日になった。
12月も、すでに20日。
年の瀬である。



今日は散髪に出かけたほかは、自宅で読書と年賀状作成に
費やした。
このデジタル時代に、今だに残る年賀状。
若い人は年賀状とは無縁なのだろう。



せっせと年賀状を作る私は”古い世代”の象徴だ。
いつの間にか、”古い世代”に入ってしまった。
順番とはいえ、内心では古くはないと思っている自分がいる。



年賀状も近況を知らせたい人と、「年賀状だけの付き合い」の人が
少なからずいる。
毎年、少しづつ「年賀状だけのつきあい」を削っている。
なかなかやめられない「年賀状だけのつきあい」。
理屈だけでは割り切れないことがあるものだ。









2014年12月18日木曜日

小保方さんの件(私は”色ボケ”?)   2014.12.18

横浜市青葉区




新聞記事で理研でのSTAP細胞生成実験が終了したことを知った。
小保方さんが主張していたSTAP細胞はなかった、ということが
決定事項となった訳である。



私は今でも彼女が嘘をついているとは思っていない。
家内は「それはあなたの”色ボケ”」、つまり
私が小保方さんに好意を持っているからそう思うのだ、と主張する。

No, I don't.


私は小保方さんがとても魅力的だと感じたことはない。
家内に何を言われようが、私は今でも小保方さんは
嘘をついていないと信じている。
これは私の直感である。
ES細胞をSTAPと勘違いしたのではないか、と思っている。



後年、再びSTAP細胞に陽の目が当たることを願っている。
甘いかもしれないが。
”色ボケ”と言われようが、それは No, I don't. だ。






いつも音楽と共に生きてきた(ダウン・タウン・ブギウギ・バンド)  2014.12.17

横浜市青葉区




大学生時代、ダウン・タウン・ブギウギ・バンドが好きで
よく聴いたものだ。



このところ、 「悲しきティーンエイジアイドル」という曲が聴きたくなって
YouTube で検索したら、あった。
宇崎のボーカルではなく和田静男が歌っている。



この曲は宇崎の声で聴きなれていたから、若干、残念ではあるが
曲そのものの雰囲気は保たれている。







ダウン・タウン・ブギウギ・バンドは高校時代、銀座の東芝ビル
屋上ビアガーデンでその存在を知った。
友人・柴田厚氏が紹介してくれたバイト先だ。
柴田氏は覚えていてくれていると思う。
まだ人気が出る前の、下積み時代である。
演奏力はほかのバンドと比べて抜群にうまかった。



その後、私が大学に進学した年の冬に、出世作「スモーキングブギ」を
ラジオで聴き、とてもうれしかった記憶がある。
だから、このバンドには私は深い思い入れがあったのである。



今夜、「35周年ベスト」をiTunes でダウンロードした。
これでしばらく思い出の音楽に浸ることができる。








2014年12月14日日曜日

今夜は私が夕食を作る     2014.12.14    

神奈川県第8区 候補者




投票所へ行きながら、ついでに夕食の材料を買いにスーパーへ。
今日の外出はそれだけ。
このところ、歌関係で出掛ける休日が続いたから
久しぶりに落ち着いた休みになった。



今夜の夕食は先日の料理教室で習ったグラタンと
スープを私が作ることになっている。
家内との約束だ。



スーパーにおいて、自力で具材を買い揃えるのも一(ひと)苦労であった。
ピザ用チーズの売り場はどこだろう、ベーコンは肉売り場か?
など、いちいち戸惑った。



料理教室の教材を読み返して、作業手順を決め
19時には食べられるように計画をたてるところから始めようと思う。









2014年12月13日土曜日

豊かな国、豊かな時代(明日は選挙)  2014.12.13

名古屋駅前    撮影:12月3日




明日は衆議院議員選挙の投票日。
すでに勝敗は決まっているがごとき報道だが、だからといって
投票所にいくことが無駄だとは考えたくない。



私たちが生きている日本。
私たちが育ってきた時代。
どちらもとても恵まれていたと改めて思う。
戦争で傷んだ国がここまで発展できたのは、政治と義務教育の
おかげである。
平和と、マナーが良くて勤勉な人材がベースにある。


国民が政治に関われる数少ない機会が選挙。
だから私は投票に行く。







2014年12月10日水曜日

真冬へ突入    2014.12.10

溝の口にて




気温が低くなり、冬が深まっている。
これから1月末に向かってどんどん冷えていく。
投票日が近いので、最寄駅では候補者が寒いなか
アピールに懸命だ。



私も日曜日で歌のイベントがひと段落した。
歌を始めて2年。
ここまでハマるとは想像もしなかった。




もともとカラオケ好き。
カラオケは個人でやるもの。
だから、集団で創り上げる合唱をいつかはやりたい、と
心の底で考えていた。



縁あって代々木のレッスンに通うようになった。
9月から、もう一つのクワイヤーにも加入させてもらった。
レッスン参加を怠らず、長く続けたいと願っている。






2014年12月8日月曜日

内なる声に従い、事(こと)を起こす    2014.12.8

 
 洗足池(東京都大田区)   撮影:本日   





有給休暇を取得し、プライベートな事項を整理した一日だった。




楽しかったことの整理。
これは当然、楽しい。

No( , I will not ) の意思表示をして未来を決めること。
これはしんどい。
12月7日以後に意思表示すると決めていた。
今日、それを実行した。

兄の件で役所と相談すること。
これも12月7日が過ぎるまでは先送りにしてきた。
洗足池に寄ったのは、役所からの帰りだ。





何かを得るけど、何かを失う可能性があるというトレードオフ。
失うのは嫌なことだ。
腹をくくらないと進めない岐路がある。
何も失わない、都合の良い解はない。



すっぱり解の出ない事案は、自分の内なる声に従えば
少なくとも後悔は残さない。
私はそう信じている。
今までもそうやって生きてきた。






2014年12月6日土曜日

本日午後、川崎駅前でゴスペルを歌います    2014.12.6

東海道新幹線 車中から   撮影:12月3日





本日、川崎駅至近でゴスペルを歌います。
蒲田在住の皆様、暮れの買い物ついでにお立ち寄りください。




◆イベント名 : 川崎区ビオラコンサート Winterコンサート

川崎区ビオラコンサート (←クリック!)

◆日時 : 開始 本日午後2時 (~4時10分)

◆会場 : 川崎ルフロン 1階 シンデレラステップス
※JR川崎駅前 

◆出演者◆

ラ・ベル・カンタービレ
P.U.E.L.Choir
フルートゆうえんち☆とよしまえん

川崎コミュニティークワイヤー


川崎コミュニティークワイヤーの出演は
3時45分予定です。
多少、前後することがあります。



◆曲目◆
 

Joy To The World Medley
Joyful Joyful
No Christmas Without You
Oh Happy Day



◆その他◆


入場無料・申込不要












2014年12月2日火曜日

寒波襲来   2014.12.2

ラグビー早慶戦(11月23日 秩父宮)




今夜は寒さのレベルが一段あがった。
ウォーキングしていて耳が少し痛く感じたほどだ。
日本上空に強い寒気が来ているという。



写真はつい先日の早慶戦風景。
あの日はとても陽射しが強く、暑いくらいだった。
わずか数日で、こんなにも気候が変わるのだから
体調には注意しなければならない。



明後日(4日)、土曜日(6日)、日曜日(7日)と歌の
イベントが目白押し。
好きなことだから苦にはならない。
が、7日に歌う新しい5曲はプレッシャーが強かった。
初練習から本番まで10日ほどしかないのだから。



それでも集中して聴きこむと、なんとかなるものである。
大切なのは自分を追い込み、集中すること。
明日は最終練習日。
どこまで歌えるようになったか、楽しみである。


2014年12月1日月曜日

最後の仙台出張   2014.12.1

今朝の仙台市内




12月初日の今日、仙台に出張した。
東北は寒いと予想していたが、それほどでもなく拍子抜けした。
今日に限っては暖かいと現地の人も言っていた。




仙台は25年前、かなり頻繁に出張した思い出の地である。
ある製品の担当地区が東北だった。
当時、支店の課長によくご馳走になったものだ。




今回が最後の仙台出張になるかもしれない・・・。
所用を終えて東京へ帰る際に少し感傷的になった。