2007年5月27日日曜日

いつも音楽とともに生きてきた   ~荒井由実~ 2007.5.27

ユーミン、松任谷由実は自主的には聴かない。
私がかつて聴き込んだのは荒井由実である。


高校三年の頃、「ひこうき雲」を聴いたのが、彼女の歌に接した最初
である。爆発的に売れ出す前の頃である。
なかなかいいなとは感じたが、その程度の関心度合いだった。
メジャーなミュージシャンになるとは当時は思わなかった。


大学二年になってアルバム「MISSLIM」に出会い、聴き惚れた。
このアルバムは傑作だった。
当時、私は蒲田の自宅を出て大学のそばのアパートで
自炊生活を始めていた。四畳半の部屋で何度も何度も、
来る日も来る日も繰り返し、飽きもせず聴いた記憶がなつかしい。
今でも保存しているレコードアルバムには '75.Jun.17 と
ボールペンで書いてある。
あれから32年が経過したことになる。



SIDE:A

生まれた街で
瞳を閉じて
やさしさに包まれたなら
海を見ていた午後
12月の雨


SIDE:B

あなただけのもの
魔法の鏡
たぶんあなたは迎えに来ない
私のフランソワーズ
旅立つ秋



今、こうして列挙してみても素晴らしい曲ばかりだ。
ちょっぴり湿っぽい曲風が多かったフォークソング群とは
一線を画した、乾いた雰囲気を醸し出している。
このアルバムのヒットにより横浜山手の「ドルフィン」に
多くの女性客が繰り出した。


山手のドルフィンは 静かなレストラン
晴れた午後には 遠く三浦岬も見える

<海を見ていた午後  作詞:荒井由実>


いわば、ひとつの時代を創ったアルバムだった。
その後の彼女の活躍は改めて書く必要はないだろう。
卒業写真」「何もきかないで」「ルージュの伝言
少しだけ片想い」をヒットさせ、「あの日にかえりたい」へと
続いた。

あの日にかえりたい」の歌詞は素晴らしい。

今 愛を捨ててしまえば
傷つける人もないけど
少しだけにじんだアドレス
扉にはさんで帰るわ あの日に
<作詞:荒井由実>

こんな詞を書いてみたいものだ。

2007年5月26日土曜日

美しい星50   2007.5.26

5月24日、安倍晋三首相が第13回国際交流会議「アジアの未来」で、
温暖化ガス削減に向けた総合戦略を発表したと日本経済新聞社が
報じた。(25日 日経朝刊)
私は世界第二位の経済大国である日本のトップがこのようなビジョンを
表明したことを誇りに思う。
いかなる組織においても、リーダーのミッションはビジョンを示すことである。
集団のベクトルを今どちらに振るかは、未来の結果を大きく左右する。


総合戦略は「美しい星50」と称し、2050年までに世界全体の温暖化ガス
排出量を半減させることが目標になる。
演説に先立ち、ブッシュ大統領、ブレア首相、メルケル首相に電話をして
協力要請もしている。
世界の温暖化ガス排出量は自然界の浄化能力の2倍を超えていること
から半減という目標値が設定されている。


目標値は各国さまざまな思惑と事情があるので、簡単には達成できない
ものであることは言うまでもない。
排出量世界一の米国、第二位の中国、第五位のインドあたりがカギを
握っている。つまり面積広大な大国である。
日本は省エネ技術を世界に提供することで、地球規模の貢献ができる。
経済発展と環境保全の両立という難しいテーマへの挑戦だが、
やりがいのあるチャレンジャブルな取り組みである。


目標を達成するための具体的なアクションプログラムも提唱されている。
スローガンだけでは夢は達成できない。
具体的な行動があってこそ夢は実現する。

◆1人1日1kg削減運動

1.冷房を1°C高く、暖房を1°C低く
2.シャワー時間を1日1分減らす(節水)
3.1日5分の自動車アイドリングストップ
4.買い物時はマイバック持参(過剰包装をやめる)
5.電化製品をコンセントからこまめに抜く



これらを実行すると約600gに相当するそうだ。
これらに加えて公募アイデアで1kgをめざす、としている。
さっそくできることから実行していきたいと真剣に思う。


私は都市部の歩道からアスファルトを三分の一剥がして、土を出し
草木を増やすアプローチを提唱したが、これは浄化能力アップを狙った
主張である。
排出量を減らすことと合わせて実行すれば、さらなる効果が期待できる。
これからも機会をとらえて、様々な場面で働きかけていく所存である。






竹林と駐車場    撮影 5月26日   場所:あざみ野駅前

2007年5月24日木曜日

散歩の魅力  私の愛する散歩道   2007.5.24

写真①    定点観測地。空、緑がきれい。お気に入りのスポット。


写真②     墓地公園内の池。 親子ガメが住んでいる。


写真③     公園。 春は桜の木の下で宴会が行われる。


写真④      散歩コースの終盤。この坂を登ればあとは下るのみ。


写真⑤    願い事があると行く神社。
        小さい神社だが、願掛けの成就率は高い。

        大型商談の成功や、ひいきのスポーツチーム
        必勝祈願で行く。


撮影日      すべて5月20日 早朝          

2007年5月21日月曜日

花のかおりに   2007.5.21

花のかおりに      北山 修 作詞 加藤和彦 作曲


花のかおりに つつまれて
口づけかわし なみだぐむ
娘がつんだ 白い花
髪にからませ 別れます
白い花はふるさとの想い出の花




JR桜木町駅からランドマークタワー方面へ向かう広場に
きれいな花が敷き詰められた。


週明けで憂鬱な気分が吹き飛ぶ思いだった。
粋(イキ)である。
私は思わず、フォークルの「花のかおりに」を口づさんでいた。






撮影   5月21日   7:24

2007年5月20日日曜日

地球環境問題 2 2007.5.20

今朝、散歩しながら歩道ばかりに注意が向いていた。
歩道の三分の一はアスファルトを剥がして、土を出し草木で覆わせる
と いう構想を考えながら歩いていたからだ。


近所にイメージどおりの歩道を見つけた。写真①である。
この歩道は土と草木で半分占めている。
広い歩道は二分の一の割合でも大丈夫だと確信した。

写真①  このくらい土と草木のスペースが欲しい。私のイメージどおり。




写真②   草むらはこのまま残したい ものだ。

写真③がよくあるパターンだ。

一定の間隔で木を植えているのはよいが、木と木の間の歩道が

アスファルトで覆われている。

どうせなら歩道の三分の一はアスファルトを剥がして土にしたい。


写真③   写真手前くらいの幅でアスファルトを剥がしてもらえれば・・・

アスファルトを剥がして土にするのはよいが、雨での土流出も 考慮しなくてはならない。

特に坂道。 写真④のように花壇状にするのが良いだろう。

街の歩道という歩道に花壇があれば、さぞかし美しい街並に なるに違いない。


写真④   こんなイメージかもしれない。Good!

写真⑤は三分の一が土と低い木でデザインされた歩道である。 これもありかな、と思う。


写真⑤   これも悪くない。

2007年5月19日土曜日

PDCA 2007.5.19

みなとみらい 朝   撮影5月18日 7:04


徐々に、時には急激に、気温が高い日が増えてきた。
季節が春から初夏へ移行しつつあるのがわかる。


日々を忙しく過ごしているうちに、気がついたら梅雨を迎えているのだろう。
梅雨があるおかげでこの国の草木は良く育つ。
気温が上がり水分が豊富であれば、ぐんぐんと植物は成長する。
光合成を行ってくれる植物には、おおいに成長してもらわなければならない。
そのことを思えば我々が傘を差すことくらい、なんともない。


4月にスタートした新たな期も二ヶ月目に入った。
順調なテーマがある反面、なかなか流れを作れないテーマもある。
これが現実だ。というか、これこそが現実そのものである。
つまり我々人間は、すべて計画した通りにことを運べるほど賢くはないと
いうことである。


計画(plan)→実行(do)→確認(check)→改善(act)のサイクルをまわして
良くしていきなさい、と企業人は教えられている。
そのとおりだと思う。これをPDCAサイクルと呼んでいる。
この件に関して注意しなければいけないポイントを私は数多くの失敗から
学んでいる。


① <計画しすぎること>

計画時点では皆、理想家になりがちだ。完璧な計画を作ろうとするあまり
重点実施項目を10も20も作ってしまう人がいる。
このケースは結構多く、いつも苦笑させられる。
重点というからには、一つか二つ、多くても三つだろう。
10項目もの重点実施項目があったら、いったい何が重点なのだろう?
神様になれ、と言いたいのかも知れない。


② <指示の垂れ流し>

計画して指示を出すまでは誰でもやるが、確認プロセスが甘くなりがちだ。
実行に取りかかると現実世界だから別の問題が起きたり、脇道に入り
込んだりして本筋からズレていくことが多い。
また、新たな別の指示を出した場合、最初の指示がどこかへすっ飛んで
しまうこともある。
指示した本人が計画にこだわって、意識してチェックを忘れないように
しなければならない。
指示して確認がないことを「方針の垂れ流し」と呼ぶことがある。
これが続くと組織にとって非常に良くない。
指示を実行しなくても許される組織風土ができあがり、実行部隊が
引き締まらなくなるからだ。



5月度も中間折り返しを迎えた。
月曜日には、会社で指示したことを確認している私がいるだろう。
なぜなら「方針の垂れ流し」こそは、かつて私の得意技だったからに
他ならない。
私自身がいちばん身にしみているのである。

2007年5月16日水曜日

昔、喫茶店 今、ネットカフェ 2007.5.16


*写真は東京メトロ半蔵門線・渋谷駅ホームの広告 撮影5月14日


月曜日(5月14日)の午後、顧客との打ち合わせ開始が訪問間際(まぎわ)になって2時間遅れることがあった。
顧客の所在地は辻堂。東京方面からの同行者が4名あり、15:00現地待ちあわせの約束で段取りしていた。開始が17:00になるのを知ったのは13:30。私は既に電車で大船まで到達している時だった。
二時間後ろになることを知らされた時、実際問題かなり困った。
会社事務所に戻るには中途半端な待ち時間だった。すなわちいったん横浜へ帰社したところで、またすぐに辻堂へ向かわなければならない。
かと言って二時間も お茶を飲んで時間をつぶす気にはなれない。と言うか、二時間も同じ店で粘る勇気がない。
思案の末、藤沢(辻堂の隣駅)のネットカフェに滞在することを選択した。
藤沢駅構内の看板広告でネットカフェの「リバティハウス 藤沢店」があることを確認し、店を探す。
その店は駅に隣接しており、迷うことなく辿り着くことができた。
入店して、店員さんに説明を受ける。
安い集合コーナーと、少し高い個室、さらにマッサージチェアがあるコーナーの選択肢があること、飲み物は無料で・・・などなどマニュアル通りのインストラクションだ。
疲れ気味なので少し眠ろうかと思い、個室を選択した。
個室と言っても、床から80cmくらいは開いており、完全な密室空間ではない。
それでも他人の視線からは遮断されている。
やはりネットカフェを選んで正解だった。
PCが使えるから、顧客訪問前に必要な情報をインターネットで検索し、さらに備えつけのネットワークプリンタへ印刷指示をする。
プリンタのところへ行って、コインを入れてプリントを出力する。
ネットカフェに入ったおかげで、訪問前の準備が磐石(ばんじゃく)になったのである。
お店に滞在した時間は100分。
料金は860円だった。(はじめの30分は300円、追加10分単位で80円)
無料のコーラを一杯飲んでの金額だ。


店を出て顧客に向かいながら考えた。
昔は時間つぶしといえば喫茶店、と決まっていた。
今はネットカフェである。
東京方面から向かっていた同行者もアポ2時間遅れを知って、横浜のネットカフェで待機していたとのことである。
5月14日は、ネットカフェが仕事の待ち時間にも使えることを体験した日だった。
(S田 厚さん いい話でしょう!)
時代は変わったものである。

2007年5月13日日曜日

地球環境問題 2007.5.13


地球温暖化は深刻な問題だ。
南の島が数年のうちに水没してしまうとか、ホッキョクグマの生息域が脅かされるなど具体的に危機が報道されるようになった。
いよいよ他人事ではなくなってきた感がある。


そもそも人類が生息すること自体、地球環境を破壊せずに生きることは不可能という説もある。最高の環境保全対策は人類がいなくなること、という極論もあるくらいだ。 そういう訳にもいかないから、先進国の英知を集めて取り組んでいるのが地球温暖化防止対策であろう。


地球温暖化を招いた元凶が、地球の自浄能力を越えた二酸化炭素の排出といわれている。
先進国が排出量にブレーキをかけなければいけないのだが、経済成長とトレードオフのため米国が賛同していない。経済成長著しい中国は「ウチは発展途上国、後進国だからね」とトボけている。
なかなか足並みは揃わないが国際的な努力が続けられている。


休日に散歩しながら考える。
都市化と環境保全を両立させるために、土の面積と草木を増やすべきではないか。
私の住む地域周辺も、ここ数年、野原を造成してどんどん宅地に変わっている。

【土の面積について】

我々が住む都市はアスファルトで覆う道路や歩道が多すぎる。
アスファルトは人々を歩きやすくする反面、草木を受け付けない。
夏に熱を吸収して夜間気温も上げている。
都市にある歩道の三分の一でもアスファルトを剥がして、土を露出させたらどうだろう。
土には雑草も生えるが、伸びすぎて見苦しくない程度ならいい。
雑草がどうしてもイヤなら、好きな草木を育てればよい。
アスファルトに比較したら、土と草木は環境浄化に貢献してくれるはずだ。

【草木を増やすことについて】

休日の早朝に近所の雑木林のそばを歩くと、林の方向からヒンヤリとした空気が
流れてくるのを感じる。
草木は光合成により二酸化炭素を酸素に換えてくれるし、温度も下げる効果があるようだ。
今ある雑木林はぜひともこのままにしておいてもらいたい。
歩道のアスファルトから土になった部分には、草木を積極的に植えたい。
行政には都市部に緑を増やす努力を真剣に取り組んでもらいたいと思う。


私はガチガチの自然保護論者ではない。
便利さと自然保護のバランスを取って欲しいと思うものだ。


木を植える、に関連してひとこと言いたいことがある。
ある大手生命保険会社が「わたし達は木を植えています。変わらぬ愛で育てています」と
TVでアピールしている。
やっている行為そのものは素晴らしいと思うが、それを世間にアピールする感覚はなんとかならないものだろうか。
善意の活動なら黙って粛々と行ってもらいたい。精神がさもしい。

2007年5月12日土曜日

いつも音楽とともに生きてきた     ~吉田拓郎 2~ 2007.5.12

少年野球   撮影 5月12日 6:51


名作「元気です」の次にリリースされた拓郎のアルバムは「伽草子」だった。1973年、高校三年のことである。          *赤文字がお気に入り

1. からっ風のブルース
2. 伽草子
3. 蒼い夏
4. 風邪
5. 長い雨の後に
6. 春の風が吹いていたら
7. 暑中見舞い
8. ビートルズが教えてくれた
9. 制服
10. 話してはいけない
11. 夕立ち
12. 新しい朝(あした)

お気に入り以外の曲は、全体的にもうひとつ精彩を欠いた印象があり、彼の身辺に何か精彩を失わせる変化があったことが窺(うかが)える。それでも 蒼い夏 は今でもカラオケで歌うこともあるくらい好きな曲だ。

蒼い夏  作詞:岡本おさみ

浜日傘 ゆらゆら

すらりとのびた 長い脚

蒼い夏が 駆けてゆく

ぼくは昼寝を口実に

泳げないのを幸いに

女の子ってやっぱり いいな

拓郎が泳げないことは当時、ファンの間では周知のことだった。歌詞にまで出てくることに親近感を抱いたものだった。これがファン心理というものだと思う。

「伽草子」の次が、最高傑作と言ってよい「今はまだ人生を語らず」である。このアルバムにはしびれた。溝が擦り切れるほど聴いたレコードと表現してもオーバーではない。

1.ペニーレインでバーボン

2.人生を語らず

3.世捨て人唄

4.おは よう

5.シンシア

6.三軒目の店ごと 

7.襟裳岬

8.知識

9.暮らし

10.戻ってきた恋人

11.僕の唄はサヨナラだけ

12.贈り物

このアルバムがリリースされたのは大学一年の冬だった。レコード店で購入し、ステレオの針を降ろし1曲目を聴いた時の感動を忘れることができない。

ペニーレインでバーボン   作詞:吉田拓郎

時がたってしまうことを 忘れてしまいたい時があるよね

すべてのものがなにもかも 移り変わってはいるものの

何となく自分だけ意地をはり通して さからってみたくなる時があるよね

そんな時 僕はバーボンを抱いている

どうせ力などないのなら 酒の力を借りてみるのもいいさ

バーボンなど飲んだことはなかったが、飲んでみたいと思ったものだ。そして原宿のペニーレインへ行ってみたいと思ったが結局一度も行っていない。行かないうちに閉店してしまった。このアルバムがフォーク界のトップに一気に駆け上がった彼のピークではなかったかと思う。字あまりの歌詞と独特なメロディが若い私を魅了して離さなかった。汚れたアルバムジャケットを本棚から引っ張り出して眺めてみるとあの時代のことがふつふつと蘇ってくる。今でも大切な一枚である。

追伸

Life is a Voyage  吉田拓郎 TOUR 2007 “Country” のチケットを

手に入れることができた。(11月中旬、鎌倉美術館の公演)

まだかなり先のことだが楽しみにしている。

2007年5月6日日曜日

更年期症状 2007.5.6



連休最後の日曜日。
昼食をとるためラーメンを食べに出かけた。
近所にスープと麺が私好みの店がある。


今日のラーメンも期待通りおいしかった。
餃子も食べた。


しかし、食べていると汗が出てきて止まらない。
そうなることがわかっていたから、あらかじめタオルを持参していたが
拭いても拭いても汗は止まらない。
この発汗は40代半ばから始まって、私を苦しめている。


私はこの体験から、男性にも更年期症状があることを確信している。
更年期障害、更年期症状は女性だけに起きる現象ではない。
この、いったん汗をかきだすとなかなか止まらない現象は男の
更年期症状に違いない。


私の場合、思い当たる症状はもうひとつある。
やはり40代半ばから、睡眠時間が急に短くなったのだ。
若い頃は休日の二度寝・三度寝をむさぼっていた。
つまり一度目覚めても、そこから再び深い眠りに入ることができた。
今は目が覚めたら最後、もう眠れない。


不思議なのは、今日みたいに雨模様だと朝の目覚めが遅くなることだ。
気圧の関係かと勝手な解釈をしているが理由は不明だ。
目覚めが遅いと随分と熟睡できたみたいで嬉しくなる。


年齢を重ねるとホルモンバランスが崩れてくることは自然の摂理。
諦めるしかない。
我々は更年期症状と上手く付き合っていくしかないのだ。


今はまだこの程度で済んでいるが、これから先も心身の衰えに
伴って不調に悩まされることが出てくるのであろう。
頑張ろう。50代。




註:日常生活に支障をきたすまでの症状を更年期障害といい、
  そこまでいかないものを更年期症状といいます。

2007年5月5日土曜日

散歩の魅力 2007.5.5

散歩途中 木陰で見上げた新緑と空  撮影5月5日 9:23

公園に咲くつつじの花  撮影5月5日 12:06



休日には、たいてい近所を一時間から一時間半ほど歩く。
大阪在住時代からの習慣である。

起床後に野菜ジュース、ヨーグルトをまず食べる。
これはウィークデイ、休日問わず。
休日はこの後に履き慣れた運動靴で出掛けることとなる。


健康のためとか足腰の鍛錬というよりも、歩くことで精神浄化できることが
続けている理由だ。
かつては朝晩二回歩いていたこともあるが、最近は午前中一回が多い。
よほどの荒天の日以外はほぼ確実に歩くようにしている。

歩くコースは決まっている。
この地域に住んで12年。
いろいろ試行錯誤して現在の散歩コースに決まった。
歩くたびに、緑に恵まれたこの地域がどんどん好きになっていく。

小声で歌を歌ったり、瞑想しながら歩く。
なるべく切り替えようとしているが、職場や仕事のことを考えることも多い。
綺麗なシーンだなと思うと、携帯電話を出してカメラのシャッターを押す。
定点観測と称して、毎回撮る場所もある。
季節の移り変わりでどう変わるかを確認したいからだ。



一時間半の運動を終えて帰宅する頃には、精神浄化が終わり
スッキリとした気分になっている。
シャワーを浴びて汗を流し、着替えてくつろぐ。
かつて「おいしい生活」というコピーがあったが、これが私にとっての
おいしい休日である。


健康に注意し、いつまでも元気で歩けることを願っている。



2007年5月4日金曜日

いつも音楽とともに生きてきた   ~吉田拓郎~ 2007.5.4

            
             咲き誇るつつじの    撮影5月4日 8:04

デビュー(1970年)して数年間の吉田拓郎の曲は、新鮮かつセンスに
満ち溢れたものだった。
デビューアルバム「青春の詩(うた)」に収録されている主なナンバーは
以下の通りである。


「青春の詩」
「雪」
「今日までそして明日から」
「イメージの詩」


これらの出世曲でファンを創出した彼は、アルバム「人間なんて」、
続いて「元気です。」でその豊かな才能をさらに開花させていく。



◆「人間なんて」  *赤文字は筆者の好きな曲


人間なんて
結婚しようよ
ある雨の日の情景
わしらのフォーク村
自殺の詩
花嫁になる君に
たくろうチャン
どうしてこんなに悲しいんだろう
笑えさとりし人ヨ
やっと気づいて
川の流れの如く
ふるさと



◆「元気です。」


春だったね
せんこう花火
加川良の手紙
親切
夏休み
たどり着いたらいつも雨降り
高円寺
こっちを向いてくれ
まにあうかもしれない
リンゴ
また会おう
旅の宿
祭りのあと
ガラスの言葉


とくに「たどり着いたらいつも雨降り」は、あまりにセンスの良い歌詞と
メロディに魅せられてしまった。



作詞:吉田拓郎


いつかはどこかへ 落ち着こうと

心の置き場をさがすだけ

たどり着いたら いつも雨降り

そんなことのくり返し

やっとこれでおいらの旅も

終わったのかと思ったら

いつものことではあるけれど

ああ ここもやっぱり どしゃ降りさ

この2枚のアルバムで生涯のファンになってしまった人は多いはずだ。
当時の彼は単なる歌い手ではなく、間違いなく時代を創っていたと思う。


今朝、ネットを見ていて彼がバンドを結成したことと、夏からコンサートを行うことを知った。
8月から全会場1700人以下の小規模ホールに限定して全国26カ所で開催すると
いうものだ。
チケットが手に入れば、ぜひとも行きたいと思う。


2007年5月3日木曜日

いつも音楽とともに生きてきた  ~高校時代~ 2007.5.3

前回に続き、私が高校生の頃に聴いた曲を列挙してみたい。

高校から大学にかけては最も多感だった時代で、さまざまな名曲に
心酔した。
今、あらためて振りかえってみてもなんと素晴らしい曲に囲まれていた
のだろうか、と感動を禁じえない。

ちなみに赤字は特に感銘が強かった曲(アルバム)である。


◆71年


また逢う日まで           尾崎紀世彦           
あの素晴らしい愛をもう一度 加藤和彦と北山修        
花嫁                 はしだのりひことクライマックス 
真夏の出来事           平山三紀            
17歳                 南沙織             
ともだち(アルバム)        よしだたくろう         
虹と雪のバラード          トワ・エ・モア         
人間なんて(アルバム)     よしだたくろう 
        
サインはピース           オーシャン           

カントリー・ロード          ジョン・デンバー        
ローズ・ガーデン          リン・アンダーソン       
イエロー・リバー          クリスティ           
ブラック・マジック・ウーマン   サンタナ            
ノックは3回             ドーン             
雨を見たかい           CCR             
オールド・ファッションド・ラブソング   スリー・ドッグ・ナイト 


◆72年


雨                三善英史            
京都の恋           渚ゆう子            
元気です(アルバム)   よしだたくろう         
喝采            ちあきなおみ

カリフォルニアの青い空 アルバート・ハモンド      
名前のない馬          アメリカ            
アローン・アゲイン      ギルバート・オサリバン     
ウィザウト・ユー         ニルソン 

                   
◆73年


伽草子(アルバム)      よしだたくろう         
心の旅             チューリップ          
ひこうき雲           荒井由実 
           
うつろな愛           カーリー・サイモン       

アメリカン・パイ        ドン・マックリーン       
幸せの黄色いリボン     ドーン             
トップ・オブ・ザ・ワールード カーペンターズ         
イエスタデイ・ワンス・モア  カーペンターズ         



小中学校時代はビートルズを中心に聴いていたが、高校生になってからは
よしだたくろう・ギルバートオサリバンもかなり傾聴した。
たくろうへの心酔は大学一年の冬に出たアルバム「今はまだ人生を語らず」で
ピークを迎えることになる。


               つづく


註:本稿を書きながら立ち寄ったWikipediaの吉田拓郎には、今まで知らない
  エピソードが満載である。一読をお勧めします。