2008年1月24日木曜日

雪(2008.1.23)   2008.1.24


             2008.1.23 11:55     長津田駅ホームから



雪景色が好きだ。
雪が積もると見慣れた景観が一変する。
この違いが新鮮で、いくつになっても魅せられている。



雪が降ると自然と口ずさむ歌がある。

雪の降る夜は 楽しいペチカ
ペチカ燃えろよ お話しましょ
昔むかしよ 燃えろよペチカ(作詞:北原白秋)

雪でした 貴方のあとをなんとなく 
ついて行きたかった(作詞:吉田拓郎)





雪予報聞けば今でも胸躍る
幼き記憶石油ストーブ  天祐








2008年1月22日火曜日

品川       2008.1.22

             2008.1.21 15:31


             2008.1.21 17:25 品川イースト・ワン・タワーのロビー




ここ10年の間に急激に発展した地域が東京にはいくつかある。
恵比寿、大崎、汐留、品川、秋葉原、六本木などがその代表格
ではないだろうか。



昨日、品川に用事があり立ち寄ることになった。
改めて、その変貌振りに隔世の感を抱いた。
私の記憶には18歳の頃の品川しかない。
東京のポテンシャルはすごいとしか言いようがない。
これから五反田、大久保、高田馬場あたりも再開発されていくかも
しれない。



蒲田が大変貌する日もないとはいえないだろう。

2008年1月20日日曜日

北風(2009.1.11 上井草)     2009.1.20


一部の読者から熱烈なる掲載要望を頂戴いたしましたので
追加掲載いたします。





















2008年1月19日土曜日

信用第一     2008.1.19

             2008.1.19 8:41



すがすがしい気分で週末を迎えている。
休みはこうでなくてはいけない。



木曜日の午後、海老名に行っているときにPHSで連絡を受け、
ある顧客へ提出した見積が商品違いであることを知った。
既に前日、その顧客から受注済みの案件である。
ウチが見積もって受注した商品をAとすると、本来の商品はBだったと
いうことである。AとBの価格差も大きい。


瞬間的に「これは厄介なことになったな」と感じた。
間違った理由は仕入先のミスなのだが、顧客からみればウチのミスで
あることに変わりはない。
顧客がウチに発注を出すということは顧客内で決裁書類が回り、承認を得た
案件である。基本的には間違いはあってはならないし、間違った場合には
現場責任者にきちんと説明するのが筋というものである。
ところが現場責任者とは過去にいろいろあり、完全にはしっくりいっていない
方(かた)なのである。ことによってはこじれる可能性があった。


海老名から事務所へ戻り、事実確認したうえで顧客へ電話をしたが、
夕方遅い時間だったため既に顧客担当者は事務所にいなかった。
翌日に持ち越したくなかったが仕方がない。
一夜持ち越しになってしまった。



こんな時は帰宅してもそのことが頭を離れないものだ。
あれこれ想定されるケースを考えたり、最悪のシナリオもシミュレーション
してしまう。
鬱々とした気分で寝床に入り眠ったが、夜中にうなされてしまった。
怖い夢を見て助けを求めようとするのだが、声が出ない。
やっと出す声は大声の叫び声になる。
最近は少なくなったが、私は時たまうなされて家族にからかわれることがある。



明けた金曜日の朝、私は会社には寄らず顧客に直行した。
理由を説明しお詫びを申し上げたら納得してくれた。
ようやく心に引っかかる重荷から解放された。



私が全力で解決に当たった理由はただひとつ。
商売の鉄則である信用第一を優先したからに他ならない。
CS(顧客満足:Customer Satisfaction)もコンプライアンスもJ-SOXも
大切だが、それ以上に大切なのは信用である。
信用さえ維持・確保してさえいればビジネスはなんとかなるものだ。
健康あっての人生と同様、信用あってのビジネスなのである。
信用の上に販促策やさまざまな工夫を施していけばよい。



という訳で、今日はすがすがしい休日を迎えることができている。
寒かったけれど、寒さのほどを体感したくて2時間ほど散歩してきた。
顔が痛いくらい寒かったけれど、さらにすがすがしい気分だ。

2008年1月16日水曜日

風呂    2008.1.16



立川駅周辺     2008.1.16 14:49 by DoCoMo D506i



今日も予報どおり空気が冷えて寒い一日となった。
日本列島上空に強い寒気がやってきているという。



昼前に横浜を発ち、渋谷・新宿経由で武蔵境へ。
食事をしながら打ち合わせ。その後、中央線で立川へ移動し別の
打ち合わせを済ませ、南武線経由で横浜に戻ったのが五時過ぎ。
つまり半日間は外出していた。



終日、事務所内で過ごす場合と比較して外出すると身体は何時の間にか
冷えている。
そんな時考えることは、帰宅して入る暖かい風呂のことである。
毎日、励み(働く動機)が風呂になっている。



帰宅して着替えたらすぐに風呂場へ直行する。
コレが楽しみで働いているから、私は食事の前に入る。
時間にして30分は風呂場にいると思う。
湯船に浸かりながら41℃の湯を追い炊きして43℃程度まで上げていく。
お湯をかきまぜながら浸かっているうちに、冷えた身体が温まっていく。
寒さで収縮した筋肉、関節、骨が拡がっていく気がする。



汗をかくまで暖まったら、今度は冷えた廊下でクールダウンさせる。
汗が引いたら食卓でビールを飲みながらおかずを食べる。
ビールも本物のビールではなくキリンの「のどごし生」である。
これで充分うまい。私は安く楽しむことができるのである。




明日はさらに寒い一日になるようだ。
風呂を楽しみに一日頑張ろうと思っている。

2008年1月15日火曜日

阪神大震災     2008.1.15



寒い日が続いている。
今朝の通勤時は凍えた。



一年の中でこの時期が一番寒いそうである。
この寒さを迎えるとあのことを否が応でも思い出す。
明日はマスコミのニュースメニューの一つになることだろう。
13年前の1月17日未明に阪神・淡路地方は突然の大揺れに襲われた。
阪神大震災である。



当時、私は豊中市西緑丘に住んでいた。
千里中央から新大阪で乗り換え、1時間半かけて神戸・三宮に通勤する
毎日を送っていた。39歳の働き盛りである。
地震の時はまだ布団の中にいた。
すでに覚醒し、うとうとしていた記憶がある。
グオーンという地鳴りのあと、激しい上下の揺れに襲われた。
経験したことのない揺れに翻弄されながら「これで死ぬかもしれない」と
本気で思った。
今でもアパートが崩壊しなかったのは、揺れが40秒ほどで収まったからだと
信じて疑わない。あのまま揺れ続けていたらもたなかったはずだ。



地震直後は情報が乏しく、神戸が壊滅的打撃を受けていることを
知らされなかった。ただ、かなり大きな地震が神戸・淡路を襲ったことだけは
テレビで報道された。
いつものように通勤するためバスで最寄り駅へ行き、そこで鉄道網が破壊
されていることを知った。仕方なくバスで自宅へ戻った。
帰りに近所のミニ・コープ(生協)で水、パンを購入した。
食料がなくなってしまう不安を感じたからだった。



会社事務所はもちろんのこと、直属上司とも地震当日(月曜日)から
木曜日まではまったく連絡が付かなかった。
ようやく木曜の夜、上司から自宅へ電話があった。
「無事だったか? 明日、尼崎の事務所に来れるか?」
尼崎は大阪に最も近い場所に位置する。
つまり兵庫県のなかでは比較的被害が小さく、事務所も無事だった
のである。


一週間ほどは尼崎に出勤し、社員の安否確認を手伝った。
その後、三宮本社の復旧を急ぐことになり本社へ通勤することになったが、
交通網が分断されたなかの通勤は不便だった。
JRは西宮までしか通じていなかったから、西宮から三宮まではバスに
乗り換えなければならない。
傾いた家屋群を眺めながらバス停までの徒歩がひどく寒かった。
ところが2月近くなった時、早朝の寒さがぐっと緩んだ。
寒さは1月下旬までが最も厳しいことを身を持って知った。



災害時の人間性に関する領域でいろいろ嫌なこと、辛いこともあり
13年の年月が経過した今でも、当時のことはできれば思い出したくない。
おそらく一生この状態は変わらないのではないかと思う。

2008年1月13日日曜日

新年会 2008.1.13

             九絵(くえ)のうす造り      2008.1.12 17:24
新宿 土佐料理 祢保希 住友ビル店
http://r.gnavi.co.jp/g348507/



B Spirits中野店 2008.1.12 20:08

http://r.gnavi.co.jp/b719500/




昨日、大学ラグビー決勝戦が国立競技場で行なわれた。



戦前の予想通り早大をノートライに抑えて優勝。
(スコア 26-6)
ノーサイド(試合終了)後、早大の選手達は歓喜感涙を爆発させた。
昨シーズン、早大有利だといわれた決勝で関東学院大学に敗れてから、
この日を目標に厳しい練習に明け暮れてきた。
中竹監督、権丈主将はじめ選手達に敬意を表したい。



この試合はスタンド観戦するつもりで事前にチケットを購入していた。
しかし、冷たい風雨のなかスタンド観戦する自信がなく急遽、テレビ観戦に
切り替えた。
チケット(¥3,000)は無駄になるが、気力・体力を考えれば仕方ないことと
割り切った。昔のように若くはない。健康を優先したのである。



テレビ観戦を終え、新年会に合流すると参加者面々から
「どうしてスタンド観戦しなかったのか?」
「絶対、何かあったんだろう」などなどと追求された。
私がスタンド観戦をキャンセルしたことは結構な驚きだったようだ。
事前にチケットを買いながらだからなおさらである。


観戦した者は冷たい風雨にさらされ厳しい状況だったはずだが、
みえみえの虚勢を張る。
「スタンドは意外と暖かく、小春日和(こはるびより)だった」
「あまりに暖かいので、うとうと居眠りする者が続出した」


そんなネタを肴に酒食を囲んだ。
上記の写真は、夜に新宿および中野(二次会)で行なった新年会のものである。

2008年1月11日金曜日

ラグビーシーズン(決勝前練習 早大ラグビー部)   2008.1.11

選手達の決意表明    2008.1.11 14:04 (読者提供)


             ラインアウト    2008.1.11 14:55


タックル      2008.1.11    15:02


2008.1.11   15:03


五郎丸歩      2008.1.11 15:03





中竹竜二監督     2008.1.11 15:06


スクラム       2008.1.11 15:16

年始挨拶まわり    2008.1.11

            1月8日   12:32   小田急本厚木駅

休み明け二日目から今日まで四日間、年始挨拶まわりで忙殺されていた。
これで休み明けの倦怠感、憂鬱感は吹き飛んだ。


年始挨拶はアポなしで堂々と顧客訪問できる貴重な時期である。
アポなし訪問のことを私は「襲う」と呼んでおり、一部の例外を除いては
推奨していない。
普段は事前にアポをとったうえで訪問しないと空振りに終わる可能性が
あるし、訪問される側(顧客)にとっても突然襲われては仕事の邪魔になり
迷惑な場合も多いだろう。


イヌや猫は散歩する時、自らのテリトリーであることを示すために、
ところどころで自分の匂いを付けていく。
この行為をマーキングというが、我々の年始挨拶まわりもマーキングと
同類だと思っている。
顧客に忘れられないよう印象付けして、必要な時に思い出してもらうように
しなければならないのだ。


今年は年賀タオルを用意してみた。
営業マンたちが顧客に喜んでもらいたかったし、マーキングをより効果的に
したかったからである。狙い通り好評だった。
モノをもらうということは嬉しいことなのだと改めて確認した。


今週を外すと年始挨拶にふさわしい時期が終わってしまうから休む間もなく
多くの訪問件数をこなした。
さらに昨晩は接待もあり帰宅が遅かった。
今夜はさすがに疲れを感じている。
しかし計画以上にマーキングに成功した感触があるので精神的には
満足できる一週間だった。
今夜はゆっくり休みたい。

2008年1月7日月曜日

仕事始め(働くということ)  2008.1.7


2008年の仕事始めを終えて帰宅した。

企業の従業員になって30年経過するが、何年やっても休み明けは
心理的に辛い。(休み明け)前日の夜が特に最悪である。憂鬱な気分は当日の朝まで続く。つまり今朝まで気持が重たかったことになる。本当に、何年やってもこのパターンは不変だ。
もともと今の仕事と職場自体は嫌いではないので1日出勤すれば憂鬱病は
ケロっと治ってしまう。
今日一日を終えたので、明日からは普通に出勤できるだろう。
心理的にしんどいのは前日午後と当日だけのことである。
おそらく「5日働いて2日休む」生活リズムが崩れることと気楽な生活に未練が
あるからだと思う。
時間やミッションに拘束される生活に戻るのが嫌なのだ。
休みの魅力はこうした拘束から解放されるところにある。
つかの間の現実逃避感覚に浸っていた気もする。
この程度のことで憂鬱になったなら、健康で働けるということの幸せに思いを
馳(は)せなければならない。
朝きちんと起きて仕事に行くという、普通の人にとって当たり前なことがどれだけ
大切な習慣かを私は知っている。
仕事をするということは生活の糧のみならず、社会に参加するという
人間としての尊厳にまで関わる大切なファクターなのである。
私の実兄はここを誤って人生を狂わせてしまった。
そのおぞましい事例から、確信を持ってそう言える。
さぁ、ブツブツ言わず明日からまた仕事だ。

写真   御殿場から見た富士山(読者提供)

2008年1月5日土曜日

私の愛する散歩道(霜柱が立った日)     2008.1.5

             1月4日  8:29 池の氷


             8:22    草木も凍る


            8:21 池の手すりについた霜


             8:32 霜柱

             冠雪の富士山


昨日の朝は冷え込んだ。
箱根駅伝が行なわれた2日、3日も同様な寒さだったと思う。
運動不足なので散歩に出ると、池に氷が張り草木も凍っていた。
霜柱を見たのも久しぶりだ。



寒かったけど嬉しく感じた。
冷えるべき時に冷える、寒くあるべき時に寒いのは健全だと思う。
新年を迎えて新聞を開くと環境、グリーン、地球温暖化、
カーボンオフセット、二酸化炭素などの単語が昨年に増して目につく。
温暖化対策に欧州は本気だし、米国も秋に選ばれる新政権では
間違いなく本気になる。
台頭著しく排出大国の中印とも上手に折り合いを求めて
いかなければならない。政治経済の一大テーマだ。



今までとは明らかに時代が変わった。
豊かさの追求(経済成長)と温暖化対策の両立をめざした地球単位の
取り組みが始まったのだ。



かつて企業が手段を選ばず利益を上げようとした時代から、法令順守
(コンプライアンス)を前提とした企業活動を求められるようになった。
これは歓迎すべき変化で、当たり前といえば当たり前のこと。
従来の企業行動ルールがおかしかった。

今年からは昨年以上に温暖化対策への対応を求められるのは
必至である。
ルールが変わったのだから、ぐずぐずしていると競争から脱落する。
この変化に対応できた企業が成長し、乗り切れない企業は
淘汰されていく。
今年はこの変化を体感することになると思う。

2008年1月4日金曜日

初詣   2008.1.4



読者の皆さんは初詣に行っただろうか?



私は今朝、散歩ついでに自宅近所でお参りしてきた。
特になんということもない、地元の小さな神社である。
年に数回世話に(?)なっている。
今朝は私の他に誰もいなかった。
空いていること、これがポイントである。
お賽銭はポケットに入っていた五百円コインだ。
ガランガランと鈴を鳴らした後、両手を合わせてきた。


初詣は毎年必ず元旦に明治神宮で、とか、川崎大師に決めている、
といったこだわりは私にはまったくない。
好きな人は行けばよいと思っているし、否定するつもりもない。
メジャーな神社の初詣ビジネスが原価僅少、利益莫大であることは
皆わかっていると思う。
わかっているうえでお参りしてもらえるのだから神社ビジネスは大変
おいしい商売である。しかも(ご利益の)結果を問われない。



ここまで書いたことはあくまでも”理屈”である。
人間は理屈だけで生きているわけではない。
信仰心とか感情で動くのも、また人間である。
だから神社ビジネスは人々のニーズを満たしている。
これも事実だ。


私にとって、神社参りは気分を改める効果がある。
大型商談を進行中の場合とか、ひいきチームが出るスポーツイベント前
などに思い立って願掛けに行くことがある。
仕事がテーマのときは願かけで自分自身を集中させることを狙っているし、
スポーツイベントの場合は楽しみを増幅させる”遊び”の一環である。



私がメジャー神社に初詣に行かないのは、わざわざ電車に乗って
混んだ場所に行く気が起こらないだけのことである。
何かのついでに誰かに誘われたらきっと行くだろう。
ただし、自分から誘うこともけっしてないと思う。

2008年1月3日木曜日

いつも音楽と共に生きてきた(歩道橋の上で)  2008.1.3

             2008.1.2   16:38



昨年末、12月27日に吉田拓郎のCD&DVDが発売された。
私は私設ホームページで発売を知り、Yahoo ショッピングで購入した。
自宅に配達されたのは元日である。


拓郎がアルバム制作中であることを、私以上の拓郎ファン・N氏から
知らされたのは昨年の早い頃のことである。
きっとつま恋コンサートの成功で自信をつけ、創作意欲が高まって
いるんだなと思った。

なかなか発売されないうちに秋のコンサートツアー(*)が越谷から
スタートしたが、体調不良でいったん延期になった。
気管支炎で歌える状態にないというのが主催者側の発表だった。
*Life is a Voyage【吉田拓郎】TOUR2007"Country"ツアー

熊本市民会館(9月末)よりツアーを再開し、瀬戸市文化センター
(10月中旬)までの計6公演を終えた時点で医師の再診察を受けたところ、
「『慢性気管支炎』に『胸膜炎』を併発のため約3ヶ月の加療を要する」との
診断を受け中止となった。

私は鎌倉芸術館(11月12日)のチケットを確保していた。
今までのコンサートとは異なり、少人数のホールでの演奏ということでかなり
楽しみにしていた。中止は私にとって残念な知らせだった。

同時に、あのアルバムはどうしちゃったんだろう、いつまでたっても
出てこないなと思っていた。

この時期に突然発売されたことについては、私の頭から離れることのない
”ある不安”を増幅させている。
”ある不安”とは不吉すぎてここで書くわけにはいかない。
しかも私だけの想像の域を出ない、確証のないことである。

CDには新曲が6曲収録されている。
CDには入らなかった曲が2曲、スタジオ風景を映したDVDで聴くことができる。
アルバム「元気です」「伽草子」時代によくその名前を聞いた岡本おさみ氏が
歌詞を書いている。


歩道橋の上で COUNTRY BACK STAGE DOCUMENT
発売元:株式会社テイチクエンタテイメント

【CD】

1.歩道橋の上で(作詞:岡本おさみ/作曲:吉田拓郎/編曲:石川鷹彦)
2.空に満月、旅心(作詞:岡本おさみ/作曲:吉田拓郎)
3.沈丁花の香る道(作詞:岡本おさみ/作曲:吉田拓郎)
4.街角のタンゴ(作詞:岡本おさみ/作曲:吉田拓郎)
5.黄昏に乾杯(作詞:岡本おさみ/作曲:吉田拓郎/編曲:石川鷹彦)
6.秋時雨(作詞:岡本おさみ/作曲:吉田拓郎)

【DVD収録曲】

錨をあげる(作詞:岡本おさみ/作曲:吉田拓郎/編曲:石川鷹彦)
ウィンブルドンの夢(作詞・作曲:吉田拓郎)


CDに6曲しか収録されていないことも大変気になる。
DVDの2曲をたしても8曲である。
通常、アルバムなら最低でも10曲はあるものだ。
制作途上だった、とは勘ぐり過ぎだろうか。


とはいえ、CD6曲そのものは素晴らしい出来栄えである。
毎日欠かさず聴いている。拓郎ファンなら納得すること間違いない。
岡本おさみが詞を付けると曲風が変わるのが不思議だ。
「元気です」の頃にメロディとサウンドがどことなく似ていると思う。

私の一番のお気に入りは「黄昏に乾杯」。

懐かしさは青春の影か
愚かだった、あの頃はまだ

少し黄昏、でも会えてよかった
今は黄昏、また、会えてよかった (作詞:岡本おさみ)

2008年1月2日水曜日

箱根駅伝     2008.1.2

             8:32      日本大学を応援する人々の集団



8:32      選手の到着を待つ人々


8:32      京急羽田空港線


8:46       沸き起こる大歓声が聞こえてくる


8:47  先頭をテレビ中継車が走ってきた

8:47 一瞬で駆け抜けていく選手達


8:47


8:48 終わってしまった

箱根駅伝の沿道応援に出た。
十年以上ぶりのことになる。


自宅を7時半過ぎに出発し第三京浜、環八経由で8時20分過ぎに
京急蒲田駅付近に到着。
選手たちは8時45分頃に蒲田を走り抜けていくはずである。
クルマを路地裏のコイン式駐車場に停め、歩いて国道に向かう。

予想通りかなりの人がすでに沿道に集まっている。
陽が当たる場所に陣取り、持参したラジオの実況中継を聞きながら
選手達の到着を待つ。
手には読売新聞社が配布する応援旗を持って。
この旗を持つと自然と気分が高揚してくる。
かなり寒く、用意してきた携帯カイロが役に立った。
やがて選手達が走ってくる方向から沿道の大歓声が起こる。
いよいよ選手たちがやって来たのだ。
テレビ中継車が通り、その後を一団(ダンゴ)になった選手たちが
あっという間に駆け抜けていった。
本当にわずか数秒のことだった。

まさに一瞬の観戦ではあるが、選手達の走る姿をじかに応援できて
大満足だった。
こんな寒いなか各大学を代表して一区を走る選手たちに思わず
「ガンバレ!」と声が出てしまう。
特定の大学を応援する気になどならない雰囲気がある。
全員ガンバレ、である。


ダンゴ状態ではなく、もう少しバラけて走ってきてくれると一瞬だけの
応援で終わらないのだが。
前回は1995年の大会で、山梨学院大学の中村祐二選手が
さっそうと先頭を走り抜けていった。
今でも鮮明に覚えているシーンだ。

箱根駅伝って本当に素晴らしい。
来年も必ず来るぞ。

2008年1月1日火曜日

謹賀新年    2008.1.1


新年あけましておめでとうございます。



紅白歌合戦をはじめから最後まで堪能しました。
プロの歌手って上手だな、と改めて感じ入りました。



今年一年が天変地異のない地球、平和で安心な社会でありますように。
健康で精神平安、経済的に安定でき幸福感を感じることができますように。



本年もどうぞよろしくお願いいたします。