
読者の皆さんは初詣に行っただろうか?
私は今朝、散歩ついでに自宅近所でお参りしてきた。
特になんということもない、地元の小さな神社である。
年に数回世話に(?)なっている。
今朝は私の他に誰もいなかった。
空いていること、これがポイントである。
お賽銭はポケットに入っていた五百円コインだ。
ガランガランと鈴を鳴らした後、両手を合わせてきた。
初詣は毎年必ず元旦に明治神宮で、とか、川崎大師に決めている、
といったこだわりは私にはまったくない。
好きな人は行けばよいと思っているし、否定するつもりもない。
メジャーな神社の初詣ビジネスが原価僅少、利益莫大であることは
皆わかっていると思う。
わかっているうえでお参りしてもらえるのだから神社ビジネスは大変
おいしい商売である。しかも(ご利益の)結果を問われない。
ここまで書いたことはあくまでも”理屈”である。
人間は理屈だけで生きているわけではない。
信仰心とか感情で動くのも、また人間である。
だから神社ビジネスは人々のニーズを満たしている。
これも事実だ。
私にとって、神社参りは気分を改める効果がある。
大型商談を進行中の場合とか、ひいきチームが出るスポーツイベント前
などに思い立って願掛けに行くことがある。
仕事がテーマのときは願かけで自分自身を集中させることを狙っているし、
スポーツイベントの場合は楽しみを増幅させる”遊び”の一環である。
私がメジャー神社に初詣に行かないのは、わざわざ電車に乗って
混んだ場所に行く気が起こらないだけのことである。
何かのついでに誰かに誘われたらきっと行くだろう。
ただし、自分から誘うこともけっしてないと思う。