2011年9月28日水曜日

オジマ氏との再会  2011.9.28

JR北浦和駅 撮影:9月27日 by GRDⅢ




   昨日(27日:火)、休暇を取った。
   今月、中旬に土曜日出勤をしているのでその代休を取得したのだ。


   午後、電車を乗り継いで約2時間。
   JR北浦和に住むオジマ氏宅を訪ねた。
   オジマ氏はもともと南相馬の住人だが、福島第一原発事故のせいで
   母親とともに北浦和の兄宅に避難しているのである。
   母親の介護をしているので、気軽に外出もできない状況が続いている。


   今月初めに携帯へ電話をもらった時、「外で会えないのなら北浦和宅で
   会おう」ということを決めていた。
   到着したのが午後3時。
   私は缶ビール、彼は缶チューハイを手にしながら、大震災以来の彼の身に
   降りかかった激変生活に耳を傾けてきた。


   下記の写真(右)は、枝野大臣が「弁護士の私が読んでもよくわからない」と
   批判した東電の賠償手続き案内書である。
   パラパラめくってみたが、なるほど一見して複雑な内容になっている。


   南相馬に戻ろうにも、母親が入る病院がない。
   加えて、戻っても仕事もない。
   先の見えない状況のなか、オジマ氏は懸命に母親の介護に精を出して
   いる毎日だ。


   東電の補償がいつまで継続されるのか。
   それが彼の現在の最大関心ごとのようだった。
   私は半径20km以内など、限られたエリアに住んでいた住人は人数が
   決まっているのだから、悪いようにはされないと思うと考えを述べた。
   実際そうなるだろうし、そうでなくては被災者は浮かばれない。


   滞在すること約3時間。
   夕方、彼が母親の食事準備を始める時刻がきた。
   再会を約束して、オジマ氏の未来に幸あれと祈りながら、ちょっぴり複雑な
   気持で北浦和をあとにした。
   これは同情とかの感情ではない。
   大震災が人の人生を大きく変えてしまったこと、その現実をリアルに
   見たことで、私の中で整理ができない思いに捉われたのである。